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NomalOther(2) | Nomalとらいあんぐるハート(6) | NomalLeaf・AQUAPLUS(6) |



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■15 / 親記事)  Other
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:15:36)
     その他の作品の非公式・未公認テキストです。






引用返信/返信

▽[全レス2件(ResNo.1-2 表示)]
■16 / ResNo.1)  何人(なんぴと)たりとも【Phantom -PHANTOM OF INFERNO-】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:17:48)
     一日三時間は車の運転をする事――。

     それが、アインから課せられた課題の一つだった。
     鉄道の無いロスでは、車は生活必需品である。
     運転技術は元より、網の目のように張られたハイウェイの地図を頭に入れて
    おかないと、この街で生活することは困難極まりない。





     雲が何個か浮いているものの、良く晴れた日。
     僕は中古のゴルフを駆って、ロスのハイウェイを疾走していた。
     車の運転は自習課題とは言え、今日みたいな晴れた日に車を走らせるのは嫌
    いではない。

     シートから伝わってくる振動が、開け放った窓から流れてくる風が、僕の心
    を躍らせてくれる。
     望まずしも殺し屋となってしまった、今の僕の数少ない楽しみだ。

     今日は比較的道路が空いていた。
     もう少し飛ばしてみようか? ――と思った矢先、後方からまるで肉食獣を
    思わせる咆吼がしたかと思うと、真紅のスポーツカーが唸りを上げながらゴル
    フの横を通り過ぎていった。

     かなりのスピードだ。
     200キロは出ているに違いない。
     しかし僕を驚かせたのは、そのスポーツカーの色でもなければ速度でもない。

     女の人?

     運転しているであろうドライバーの姿だった。
     運転席に座っていたのは女性だった。ブルネットの。

     そう言えば、確かクロウディアがそんな髪だっけ? …まさか…な。

     心の中である仮説を立て、すぐに打ち消す。
     その時、胸のセルラーホンが着信を告げた。

    「ツヴァイ、次のドライブインで待ってるわ」

     スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、楽しそうな上司の声だった。
     どうやら、僕の仮説は当たった様だ。
     既にハイウェイの彼方に消え去った赤いスポーツカーを追いかける様に、僕
    は静かにアクセルペダルを踏み込んでいった。

     しかし、この時の僕はまだ知る由もなかった。
     この後に待ち受ける恐ろしい出来事など。
     そう、たくさんのギャング達に銃を突き付けられるよりも恐ろしい出来事を。





    「はぁい」

     彼女の姿はすぐに見つかった。
     ドライブインの駐車スペースの一つに止められた真紅のスポーツカー。先程
    僕を追い抜いていった車だ。

     フェラーリF40。

     既にフラグシップを退いた車だったが、その風体と色は見る者を引きつけて
    止まない。
     その傍らに立つ彼女を見ていると、まるで雑誌のグラビア写真を見ている様
    な錯覚を覚える。
     しかし、現実として彼女はモデルと言う訳でもないし、ましてや写真撮影の
    カメラマン達も居ない。
     彼女はこの車のオーナーだ。
     彼女の細腕が、このモンスターマシンを操っていると言うのは想像しがたい
    物があるが事実だ。
     先程、僕のゴルフを追い抜いていった訳だし。

    「ねぇ、乗ってみない?」

     突然、そんな事を言うクロウディア。
     僕は耳を疑った。
     仮にも世界最高峰の車の一つだ。そんな、気軽な物を貸すような感覚で口に
    して良いのか?

    「でも、僕は課題が…」
    「大丈夫大丈夫、たまにはこう言う本物の車も乗ってみないと…ね」

     僕の背中を押しながら、楽しそうに言うクロウディア。
     まるで、弟に自転車の練習をさせる姉の様な雰囲気だ。
     そんな彼女の仕草に、何処か甘酸っぱい物を感じる。
     既に無くしてしまった筈の何かを――。

     そうこうしている内に、僕はF40のドライバーシートに押し込められ、ク
    ロウディアは助手席に座った。

    「い?」

     実際にシートに座ってみて僕は驚いた。
     いや、愕然とした。
     きっと目は見開かれ、口はだらしなく開けっ放しになっていたに違いない。

     座席位置の低さやシートの無骨さ、各種メーターのシンプルさもそうだが、
    それ以上の驚きが、この真紅のスポーツカーには隠されていたのだった。

    「…ペダル?」

     そう、ペダルだ。
     シートから足を伸ばした先には、通常あるべき筈のアクセルペダル、ブレー
    キペダル、クラッチペダルが付いて無く、代わりに三輪車の様なペダルが二つ、
    慎ましやかに設置してあった。

     ちょっと待って! ひょっとしてフェラーリって人力駆動なの? …って、
    んな訳無いだろ!
     これはフェイクだ。きっと、クロウディアが僕をからかって楽しんでるんだ。
     ね? クロウディア。

     しかし、彼女はいたって真面目な顔でこう言った。

    「さ、早く走らせてみて」

     マジ?
     マジで人力駆動なの? このF40。
     つう事はアレか? さっきクロウディアはこのペダルで200キロ近い速度
    を叩き出してたの?
     そんな馬鹿な! 嘘だ!

     いや落ち着け、こう言う時は冷静にならないと。
     アインも、『人を騙す時は騙される側に立って、騙される時は騙す側に立っ
    て考えなさい』って言ってたし…。
     そうさ、いくらなんでもそんな事ある訳無いじゃないか。
     きっと、このペダルには何か秘密があるんだ。
     例えば、この先に超高性能モーターが内蔵されてるとか。

     そう心で納得し、ペダルに足を掛けて一回漕ぐ。

    「うぐっ!」

     お、重い!
     とてつもない重さだ。
     その重さが教えてくれた。このペダルは駆動輪に直結しているんだ――と。

    「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

     自然と、口から叫び声が出た。
     こんなに叫んだのは、今の生活を送るようになってから初めてだ。
     しかし、車は一ミリとて進んでいない。
     な、なんて重たい車だ…って当たり前じゃん! そもそも、人が二人も乗っ
    たスポーツカーを人力で動かすって事自体間違ってるんだから。

    「ほらほらぁ、どうしたの? ピクリとも動かないわよ」

     隣で俺の必死の姿を見ているクロウディアが、意地悪そうに言う。

     そ、そんな…事…言った…って…さっ!

    「でいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

     全身の力をただ一点、足に集め、叩き付けるように思いっきりペダルを漕い
    だ。
     そこでやっと、俺の必死の努力に車が応えた。
    「ガクン」と動き始めるF40…だったが、それっきりで止まってしまった。
     何故なら、僕の方が先にオーバーヒートしてしまったからだ。

    「はぁ、はぁ、はぁ…」

     無骨なステアリングにもたれ掛かりながら、肩で荒い呼吸を繰り返す。
     全身の毛穴と言う毛穴から、決壊寸前のダムのように汗が流れ出してくる。

     つ、疲れた…。あの荒野での特訓以上に…。

    「くすくす…仕方ないわね」

     クロウディアの笑い声。獲物をなぶる猫の様な。
     しかし、今は会話のキャッチボールをするだけの元気がない。
     せめてもの応対として、恨みがましい視線を彼女に投げかける。

    「お姉さんが見本を見せてあげるわ」

     僕の視線を、耳元の髪を梳き上げる仕草で軽くかわすと、クロウディアは助
    手席のドアを開けた。





     横に海が見えるハイウェイを、一台のF40が疾走していく。
     海の青、空の蒼、雲の白、車の赤、アスファルトの灰――。
     五つの色合いが不思議に混ざり合い、風と共に流れていく。

     クロウディアは、確かにフェラーリを走らせていた。しかも人力で。
     僕があれだけ苦労した車を、いとも簡単に。
     まるで自分の手足を動かす如く、特に意識せずペダルを漕ぐと、静かに動き
    出すF40。

     これは夢だ。悪い夢を見ているんだ。
     このまま瞼を閉じて、そしてゆっくり開けると、いつものあのコリアンタウ
    ンのロフトで目が覚めるんじゃないか?
     この車から感じる振動も、実は悪夢にうなされている僕を、アインが起こそ
    うとしているんじゃないか?

     試しに目を閉じ、開けてみる。まだフェラーリの助手席だ。
     試しに頬を抓り、引っ張ってみる。痛い。確かに現実だ。

     運転しているクロウディアに気付かれないよう、彼女を横目で見遣る。
     そこに座っている彼女は、僕の知ってる彼女では無かった。
     確かに腰から上はいつもの彼女なのだが、腰から下が違っていた。
     絶え間ない高速の運動でペダルを漕ぎ続ける彼女の足。しかも、パンプスで
    だぞ! 信じられる?
     高速のあまり足はぶれ、正確な輪郭を形作ることが出来ない。
     しかし、上半身は涼やかに静止している。時たまハンドルに触れている手が
    動くぐらいだ。

     その姿は、まるで…まるで…。
     あー! 思い出せない! …って過去の記憶を消されてるんだから当たり前
    だけど、昔テレビかなんかで見た気がする。

    「どう? ツヴァイ」

     考え事を遮る様に、彼女の声が耳の中へ入ってきた。

    「凄いです…」
    「ふふふ、でしょう」

     クロウディアの唇が、微笑みの形を取る。
     いや、僕が言ったのはあなたの事です、クロウディア。
     だって、人力で200キロ近い速度を出せるんだもの。
     もし、オリンピックにゴーカートが種目として存在しているなら、あなたは
    間違いなく金メダルを狙えるよ。

    「でも、まだこんな物じゃないわよ」
    「え?」
    「さぁ、フェラーリのコックピットへ案内するわ!」

     やや興奮気味に話す彼女。
     一瞬、クロウディアが何を言っているのか判らなかった。

    「リズィったらね…」
    「はい?」
    「自分ではヴァイパーとか乗ってるくせに、スピードが嫌いみたいなの」
    「はぁ…」

     突然出てきたリズィの話題に、首を傾げながら聞き入る僕。
     何で、こんな時にリズィの話なんか…。

    「だって彼女ったら、前に私がドライブへ誘ったら『もう、金輪際アンタの運
    転する車の助手席には座らねぇ』ですって。くすくす…」

     彼女の言葉の真意を判りかねる僕だったが、何故だか嫌な予感がした。
     殺し屋として生きる様になってから、危険に対する直感はとても敏感になっ
    ていた。
     そして、それは的中することになる。

     F40のスピードが増した。
     周りの景色が更に流動的な物へと変わり、高速で流れて消える。
     進路上の別の車はおろか、対向車線の車ですら止まっている様に見える。

     物凄いGが前方から襲いかかり、僕の身体はシートへ押し付けられた。
     肺が圧迫され、息苦しさに顔が歪む。
     身動きを取ろうにも、身体が金縛りにあったかの様に動かない。
     逆らいようの無い物理法則の前に、精神が悲鳴を上げ始めていた。

     恐怖――。そう、僕は殺し屋になってから始めて、心の底からの恐怖を感じ
    ていた。
     一方、運転しているクロウディアはと言うと…。

    「ふふ…うふふふ…」

     嗤っていた。唇を狂気に歪め、愉悦の表情で…。
     この、嘘みたいな高速空間を彼女は楽しんでいた。

    「あはははははははは!」

     狂女の様に乾いた声で嗤うクロウディア。
     しかし、嗤いながらもハンドル操作は的確だ。
     車線上の、既に障害物となった他の車を確実にかわしていく。
     コーナーリングの際も決して減速しようとはせず、スピードを殺さず突っ込
    んで行って、絶妙のタイミングで車体をドリフトさせ、曲がりきる。
     悲鳴を上げ軋むタイヤ、右へ左へと揺れ動く車体。

     何度、朝食が喉までこみ上げて来たことか…。
     はっきり言って、生きた心地がしないぞ。
     更に告白しよう! 実は何度かチビりました。…少しだけだが……。

     しかし、もっとも恐るべき事は、今のこの現実離れした速度が、全てクロウ
    ディア一人の人力で叩き出されている点だ。
     見れば彼女の足は、高速のあまり止まって見える。
     凄い…。人間はここまで進化出来るのか…と言うより、はっきり言って不気
    味だ、この光景は。リズィじゃ無くても引くって。

    「うらうらうらうらうらぁぁぁぁぁぁっ!」

     クロウディアが吼えた。

    「何人(なんぴと)たりともぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 私の前は走らせ
    ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! きゃはははははははっ!」

     草原を駆ける雌豹の如く。





     リズィ…。今なら、あんたの気持ちがとても良く判るよ……。

     僕も金輪際、クロウディアの運転する車の助手席には座らない事を心に強く
    誓った。
引用返信/返信
■17 / ResNo.2)  サイスくんの仮定の二乗【Phantom -PHANTOM OF INFERNO-】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:18:37)
     サイス=マスターは、自分の邸宅で秘蔵のコレクションの手入れを行おうと
    していた。

     木製の大きなデスクの上には、丁寧に並べられた人形達。
     デスクに座るサイスは豪勢なシートに身体を沈めながら、目の前に並べられ
    た人形達をじっくりと眺めていた。
     その瞳は、普段の彼からは想像できない程生き生きとしている。
     まるで、自分だけの宝物を手に入れた子供の様に――。

     おもむろにその中の一体を手に取り、腫れ物に触る様に優しく手入れを始め
    るサイス。
     実はこのサイス、かなりの人形収集家である事は、上司のクロウディアはお
    ろか、インフェルノ幹部のマグワイヤやワイズメルすら知らない秘密である。

     壁に並べられたガラス棚には、物言わぬ無数の人形達が陳列されていた。
     文明黎明期の土偶の類から、中世ヨーロッパの華やかな人形、果ては怪しげ
    な呪術で使用されるような代物まで――。
     どれもその筋に出せば、数千万ドルは下らないであろう物達ばかりだ。

     そして今、彼の座っているデスクの横に立ち、感情の失せた瞳で中空を眺め
    ているアイン。
     彼女もサイスのコレクションである。正に、珠玉中の珠玉の――。

    「ツヴァイの仕上がりはどうだ? ファントム」

     手入れをする手を休めずに、サイスが訊いた。

    「はい、訓練は順調に進んでいます」

     淡々と答えるアイン。
     その口調は、まるで人形が話しているかの様に抑揚が無い。

    「ふむ…」

     手に取った人形をしげしげと眺めながら、サイスが満足げに頷いた。
     それはアインの報告の事か、それとも、手に持った人形の事か――。

     最近のサイスのお気に入りは、日本製のフィギュアだった。
     見れば、彼の机の上に並べられたコレクション達は、全て日本のアニメやら
    漫画やらゲームなどキャラクター達を立体化させた物ばかりだった。
     当然、虎縞ビキニ鬼娘や新世紀の包帯娘などはデフォで取り揃えてある。さ
    すがだ。
     特に1stチルドレンの包帯娘は、彼の大のお気に入りだった。
     それを証明するかの様に、コレクションの中には様々なバリエーションの彼
    女が存在していた。
     もっともポピュラーなプラグスーツ姿や、包帯姿、制服などの他に、スクー
    ル水着やバスタオルバーションなどのマニア向けなどは勿論の事、TV版最終
    回の『食パンをくわえた転校生』姿の物まで見受けられる。
     もっとも、サイス自らが調教したアインの出来を見れば、その辺りは判って
    いただけるであろうが――。

     先程手に取った人形に、圧力を抑えたエアブラシを吹きかけ埃を飛ばす。
     彼の人形の手入れは、必ず古い年代から始める。
     それは、時代と共に移り変わっていくデザインや衣装、素材などを探求して
    いく為だ。
     だから、彼は必ず「ピピルマ・ピピルマ・プリリンパ」の魔法少女から始め
    て、語尾に「にょ」が付く猫耳メイド娘で終わらす様にしている。

    「アイン」

     一通り手入れが済むと、サイスはテーブルの横に控えていたアインを呼んだ。

    「はい…」

     彼が彼女の事を『ファントム』ではなく、昔の様に『アイン』と呼ぶ時、そ
    れは、サイスの“お楽しみタ〜イム”が訪れた事を意味する。

     アインは、おもむろに着ていた衣服を脱ぎ始める。その仕草に、羞恥と言う
    言葉は見当たらない。
     衣ずれの音が、静かに室内に響く。
     その音を聞きながら、サイスは壁に埋め込んであるクローゼットの前に立ち、
    扉を開けた。

     中には無数の衣装。しかも、みんな女性用の物ばかりだ。
     サイスは、中に掛けられた衣装を指で一通り物色した後、一着の洋服を取り
    出した。
     黒い服だった。月の無い晩の様な。
     一緒に付いているミドルサイズの長さのスカートもやはり漆黒で、更に同じ
    色のストッキングとヒールが付属していた。
     しかし、服全体は完全に黒一色と言う訳ではなく、上着の胸元にはブローチ
    で止められた純白のスカーフが付いている。
     そしてそれが絶妙のアクセントとなり、服全体の黒さをより一層際だたせて
    いた。

     判る人には、『パラダイムシティのネゴシエーターの元に居るアンドロイド
    が着ている服』と書けば判っていただけるだろうか。

    「さぁ、アイン。今日はこれを着るんだ」
    「……」

     サイスから手渡された黒い服に袖を通すアイン。
     その様を、サイスは蛇の様にヌラヌラ光る瞳で眺めていた。

     アインは衣装を付け終わると、服のポケットからこれまた黒いカチューシャ
    取り出し、頭に付ける。
     感情表現の無い彼女がこの格好をすると、恐ろしい程にそっくりだ。
     更には、何処からともなく取り出したマジックで、目の下にクマを書く。
     これで完璧。

    「おお…おおお……」

     サイスは身を震わしながら、その場に両膝を付く。
     まるで、女神の降臨を目の当たりにした狂信者の如く、その表情は歓喜に彩
    られていた。

    「最高だ、アイン! お前は私の作り出した最高傑作だ!」

     膝立ち姿勢のままサイスはアインに近付き、その細い腰を抱きしめる。

    「さぁ、言ってくれ! あの一言を! 私に言ってくれ!」

     アインを見上げて懇願するサイス。その顔からは、微かに狂気が滲み始めて
    いた。
     当のアインは静かに頷くと、サイスを無表情のまま見下ろし、木枯らしの様
    な声でこう言った。

    「マスター、あなたって最低だわ」

     ビクン、とサイスの身体が一回痙攣した。どうやらイッたらしい。

    「おお! もっと、もっとだ! もっと私を虐めてくれ! なぶってくれ!」

     血走った目で懇願するサイス。もはや、そこには蛇男と例えられる、あの策
    謀を巡らす嫌味な男の姿は微塵もなく、ただ、己の歪んだ欲望に突き動かされ
    ている、哀れな犬の様な男が居るだけだった。

     アインは無言のまま、すがり寄っているサイスの顔を漆黒のヒールで踏みつ
    け、グリグリと踏みにじる。

    「おおっ! おおおおおおおおおおおおおっ!」

     涎を垂らしながら、本日二回目の痙攣を味わうサイス。
     そんな彼をアインは、いつものあの冷たい瞳で見ていた。





     サイス=マスター。本名ヘルムート・フォン・ギュゼッペ。
     人には決して言えぬ、妄想性被虐性癖を持つ男。
引用返信/返信

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■7 / 親記事)  とらいあんぐるハート
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/06(Wed) 07:13:55)
    とらいあんぐるハート系作品の非公式・未公認テキストです。






引用返信/返信

▽[全レス6件(ResNo.1-6 表示)]
■8 / ResNo.1)  とらいあんぐるハツ【とらいあんぐるハート2】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/06(Wed) 07:16:11)
    「小さい頃、薫は良く哭く子でした…」

     十六夜さんは、まるで遠くを見るように目を細めて、しみじみと話し始めた。

    「場にイーピンが出たと言っては哭き、ハクが出たと言っては哭き…」
    「そんで、結局役が出来ずに流れてしまう…。初心者にありがちなパターンで
    すよね…」
     俺の言葉に、十六夜さんは「ええ…」と頷く。
     そうそう、俺も昔良くやったな、それ。上がりやすいピンフとかタンヤオと
    か狙って手牌を組んで行くんだけど、場に自分の欲しい牌が出ると、後先考え
    ずに哭いちゃうんだよね。ついつい初心者って…。

    「初めて、哭かずに上がれたのは中学になってからでしょうか? それまでは
    役もできていないのに上がって、いつもチョンボになっていました……」
     くすり、とまるで、手の掛かる弟子の昔を思い起こす師匠のように笑う十六
    夜さん。
     俺はそんな彼女の笑顔を見ていると、何故だか胸の奥が暖かくなってくるの
    を感じた。
     ああ、彼女にとって薫はまさに愛弟子なんだなぁ〜…と、俺はその時思った。

    「しかし、十六夜さんって将棋や囲碁の他にも、麻雀が打てるなんてね〜…」
    「先々代の神咲家頭首に連れられてあちらへ渡った際、向こうで知り合った現
    地の退魔師に習いまして…」
    「へぇ…」
    「ふふふ、得意な上がり役は国士無双で、皆様から“十三面待ちの十六夜”と
    呼ばれておりました…」
    「へ、へぇ……」



                    ☆ ☆ ☆

     場所は変わって、さざなみ寮1Fのリビング。
     ここでは、真雪、愛、ゆうひ、薫の四人が雀卓を囲んでいた。

     火の付いていない煙草をくわえた真雪が、神妙な面持ちで山から牌を一枚引
    く。
    「……」
     引いた牌の絵柄を見た彼女の表情が徐々にニヤけてゆき、そして、
    「よっしゃっ! ツモったっ!!」
     と自分の手牌をさらす。
     真雪の手牌は綺麗な緑で染まっていた。

     緑一色(リューイーソー)と呼ばれる、緑色の絵柄だけでつくる役満の一つ
    だ。

    「あらあら、真雪さん役満ですか? 凄いです〜」
     呑気な声を上げる愛。
    「緑一色!? あっちゃ〜、やられた〜…。きっついな、もう…」
     オーバーリアクションで顔に手を当てるゆうひ。
    「へっへっへっ、悪ぃね、みんな」
     と言いながらも全然悪びれてない様子で、それどころか喜々とした表情で面
    子から点棒を要求する真雪。
    「はい、それじゃ払って貰おうかね」
     だが――。
    「仁村さん!」
     薫の声がそれを制した。
    「ちょっと待ってもらいましょうか?」
     責めるような視線で真雪を睨み付ける薫。
    「な、なんだよ、神咲ぃ、そんな怖い顔しちゃってさ」
     さしもの真雪も思わず怯む。
     薫は真雪を睨み付けたまま、自分の手牌をさらした。
     彼女の牌は、まるでドミノのように綺麗にパタパタと倒れてゆく。

    「まぁっ!」
    「およよっ!」
     薫の手牌は、ただの三暗刻(サンアンコー)くずれだったが、それを見た愛
    とゆうひが驚きの声を上げる。
     一方、「ちっ」と小さく舌打ちする真雪。

     真雪の緑一色を構成する牌の中には、当然ハツが三枚あった。
     そしてまた、薫の手牌の中にも何故かハツが三枚――。

    「ウチの手牌の中にハツが既に三枚あるのに、なんで仁村さんの手牌にもハツ
    が三枚あるとですか!」

     麻雀では、同じ絵柄の牌は四枚しか存在しない。つまり、それ以上の牌があ
    るのは誰かがイカサマをしたと言うことである。
     この場合、普段の行いと性格から見ても、薫がイカサマをするとは考えにく
    い。
     故に、真雪がイカサマをしたのは明かであった。
     事実その通り、彼女は今回の局が始まる前、密かに自分の手牌にハツを三枚
    紛れ込ませていた。
     こうしておけば、上がったとき最低でも役牌で一翻付くし、ツモが良ければ、
    三暗刻や対々(トイトイ)辺りを狙える。
     実際、緑一色を上がれたのは嬉しい誤算だった。
     しかし、まさかよりによって薫の手牌にハツが三枚行っていたのは嬉しくな
    い誤算だったが――。

    「さぁ、説明してもらいましょうか? 仁村さん!!」
     何処からともなく木刀を取り出し、真雪の喉元に突きつけながら、より一層、
    きつく彼女を睨み付ける薫。
     当の真雪はと言うと、ボリボリと頭を掻きながら自分の手牌の中からハツを
    取り出し、おもむろに三角形の形に並べた。

    「こう、ハツを三角形に並べると…だな」
    「……」
    「トライアングル、ハツ……。つまり、とらいあんぐるハート2…なんてな…」
     シーンと静まりかえるリビング。
    「たはは」と苦笑するゆうひ。
     なにが起きたか判っていない愛。
     そして怒りに肩を震わせる薫。

    「言い訳になってなかぁっ!!」
     木刀が唸る。
    「おっとっ! 危ない危ない…」
     紙一重にそれをかわす真雪。
     ちっ、と短い音を立てて、彼女の口にあった火の付いていない煙草が散った。
     真雪は軽く口笛を吹いてから身を翻し、リビングのドアまで逃げる。
    「いいじゃんよ〜、遊びなんだから…な? ほんのお遊びお遊び」
    「例え遊びの席でも、不正は良くなかです!」
    「ちぇっ、相変わらずお堅いヤツ…。そんなんじゃ耕介に嫌われちまうぞ」
    「なっ!!」
     真雪の口から耕介の名前が出た瞬間、薫の顔が一気に朱に染まった。
    「おーおー、わっかりやすいヤツ…」
    「ウ、ウチと耕介さんは、そんな関係じゃなかです!!」
    「とかなんとか言っちゃって、顔がそうは言ってないぜ」
    「は、話ばすげ替えんで下さい!!」
    「そうかそうか、あの朴念仁の神咲がねぇ…。いっちょまえに、ちゃんと女性
    ホルモン分泌してたんだねぇ〜」
    「人の話を訊けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
     更にあおる真雪に、顔を真っ赤にした薫が迫る。
     彼女の手にした木刀が上段から振り下ろされた。
     轟と疾る木の刀。
     しかし――。
    「甘いっ!」
     と真雪は薫の攻撃よりも早く廊下へ飛び出す。
    「へへ〜ん、そんなヤワな打ち込みじゃあたしは倒せないぜ、薫ちゃん」
     薫を挑発するように、廊下で“おしりペンペン”をする真雪。
    「…にぃ〜むぅ〜らぁ〜さぁ〜〜〜んっ!!」
     それを見た薫の怒りゲージは、一気に、ゴゴゴゴ――と擬音が聞こえてきそ
    うな程に膨れ上がった。

    「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
    「ケケケ、待てと言って待つヤツぁ、ただの馬鹿だけさ〜」



                   ☆ ☆ ☆

    「薫は、本当に強くなりました…」

     優しく微笑む十六夜さん。
     その笑顔は、弟子の成長を喜ぶ師匠のそれであった。
    「でも、まだ子供ですけどね…」
    「そうですね…」
     階下で聞こえるいつものドタバタ騒ぎを耳にしながら、俺もそう思った。

引用返信/返信
■9 / ResNo.2)  巷に薔薇が咲くように【とらいあんぐるハート2】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/06(Wed) 07:17:51)
    「…べっつに飢えてるとか、そんなんじゃ無いけどさ…」

     草木も眠る丑三つ時――。
     実際、約一名(勿論、真雪)を除いて住人の殆どが眠っているであろう時間。
     ここ、さざなみ寮一階のリビングでは、間接照明の中でソファに座り、ぐい
    飲み片手に愚痴をこぼしている耕介の姿があった。
     テーブルの上には、既に空になった酒の徳利が何個か置いてある。
     かなりの深酒モードだ。

    「御架月! おかわり!」
     ぐっ、と出されたぐい飲みの先には、渋った表情で徳利を持っている御架月
    がいた。
    「耕介様〜、もう飲み過ぎですよ〜」
    「うるはい! まだらいじょうぶら! 全然平気なのら!!」
     平気と言いながら、かなり呂律が怪しいのは酔っぱらいの証拠。
    「だから、んっ!」
    「はぁ…」
     溜息をつきながら、差し出されたぐい飲みに酒を注いでいく御架月。
     それを一気に呷る耕介。

    「…最初の話が真一郎だったら、次は俺だと思うじゃない? れも、実際は小
    虎と次郎の話らんて、そりゃいくらなんでもさぁ…」
     どうやら深酒の原因は、《ラブラブおもちゃ箱》に収録されているおまけシ
    ナリオに、自分の出番があんまり無かった為のようだ。

    「真一郎らんて、あの年でもうパパよ、パ・パ!。…ま、次郎の方は猫だから
    それれもいいけろ…。へん、らからろうしたっれんら! おれは〜こうすけ〜
    きみのなかまら〜! っときたもんら!! な? そうらろ? そうおもうら
    ろ? みかづきぃ〜」
    「はいはい、そうですね…」
     御架月は耕介の愚痴に苦笑いで相槌を打つ。
    「みかづき〜、やっぱ俺のことを判ってくれるのはお前だけら〜」
     などと涙目で言ったかと思うと、いきなり御架月に抱きつく耕介。
    「ちょ、ちょっと耕介様!」
     これには、さすがの御架月も驚いた。
     が――。
    「ぐぅ…」
    「……?」
    「ぐぅ……すぅ……」
    「…耕介…様?」
     耕介は御架月に抱きついたままの姿勢で、安らかな寝息を立てていた。

    「もう、しょうのない方だ…」
     やれやれと苦笑いし、御架月は耕介をソファーの上に横たわせる。
     その後、テーブルの上に散らばった自棄酒の残骸をキッチンへ片づけた。

    「う〜ん…。なんか僕も疲れちゃったから、ここで休もう…」
     御架月は大きく伸びをするとリビングに戻り、空いているソファーで横にな
    る。
    「お休みなさい、耕介様…」
    「ん〜…」
     御架月の言葉に応じるように、むずがる耕介を見てクスリと笑った後、御架
    月は瞼を閉じた。



                   ☆ ☆ ☆

     それから暫くして――。

    「む〜、喉乾いたのだ…」
     ナイトキャップを被ったパジャマ姿の美緒が、眠そうに目を擦りながら一階
    へ降りてきた。

    「ん? …誰かいるの?」
     リビングの間接照明が付いているのに気付き、中を覗き込む美緒。
     彼女は、ソファーの上で眠る耕介と御架月を見つけた。
    「なんだ、こーすけとみかりんか…。二人ともこんなトコで寝てると風邪引く
    のだ」
     その時、美緒の頭に電球が「ポンッ!」と灯った。
    「んふふふ…。こんなトコで寝てるのが悪いんだかんね…」
     悪戯と言う名の電球が――。

     数分後――。

    「うんしょ、うんしょ、うんしょ……」
     仄かにオレンジ色に照らされた室内を、なにか重たい物を引きずるような感
    じで動く美緒。
     やがて、彼女は「出来た!」と嬉しそうな声を上げた。
    「にゃはは! これで良し! 二人の目が覚めたときが楽しみなのだ」
     悪戯っ子の笑みを浮かべながら、リビングを出てキッチンに向かう美緒。
     後には、カーペットの上で、互いに抱き合って眠る耕介と御架月が残された。



                   ☆ ☆ ☆

     更に暫くして――。

    「ふあ……あふ……」
     欠伸を噛み殺しながら、今度はパジャマ姿のゆうひが降りてきた。

    「おろ?」
     リビングの明かりに気付き、「誰かおるん?」と中を覗く。
     彼女の目は、床で抱き合って眠る耕介と御架月を見つけた。
    「おおっ!?」
     最初は怯んだゆうひだったが、その脳は寝ぼけながらもある解答を導き出し
    た。
    「ふふ〜ん、こんな事すんのは美緒ちゃんやな…。まったく愉快な…いやいや、
    困ったさんや…」
     ゆうひの整った顔立ちが、オレンジの明かりに照らされニタリと歪んだ。
    「ホント、困ったさん達や…。こんなトコで寝てるなんてな」

     数分後――。

    「フンフンフン〜ララララ〜♪」
     鼻歌混じりで耕介と御架月の側に座り込み、なにかゴソゴソやっているゆうひ。
     やがて、彼女は「出来た!」と嬉しそうな声を上げた。
    「ほなら、お二人さん、お〜やす〜みさ〜ん♪」
     寝ている二人に向かって手をヒラヒラさせ、リビングを後にするゆうひ。
     後には、上半身裸の状態で抱きあって眠る耕介と御架月が残された。



                   ☆ ☆ ☆

     また更に暫くして――。

    「あ〜…」
     Tシャツにトレーナーのズボン姿の真雪が、むすっとした仏頂面で降りてき
    た。
     表情が不機嫌そうなのは、恐らく漫画のネーム作業で煮詰まっているからな
    のだろう。
     こんな時間まで仕事とは、いやはや、漫画家と言うのは大変な職業である。

     彼女もリビングの明かりに気付いて「誰かいんの?」と覗き込んだ。
     その瞬間、「ぷっ!」と吹き出し、軽くずっこける。
     そう、そこには上半身裸の状態で、抱き合ってまま寝ている耕介と御架月が
    いたからだ。

     真雪は腹を押さえながら抑えた笑い声を漏らす。
    「くっ、くくくく…。や、やってくれるぜ、おい! こんなイタズラすんのは
    椎名のヤツだな」
     そのまま少しの間、噛み殺した笑い声を漏らしていた彼女だったが、ゆっく
    りと呼吸して気分を落ち着かせると、唇の端を歪めて笑った。
    「…だが、まだ甘いな。あたしが本当のイタズラってモンを教えてやろう!」

     数分後――。

    「うぷぷぷ…」
     こみ上げてくる笑いを必死に堪えながら、耕介と御架月の側でゴソゴソ動く
    真雪。
     やがて、彼女は「よっしゃ!」と嬉しそうな声を上げた。
    「うん、こんなもんだろ」
     腕を組み、床で抱き合って眠る二人を満足そうに見下ろす真雪。
     彼女の視線の先には、衣服を全て剥ぎ取られ、すっぽんぽんの状態で抱き合
    いながら眠っている耕介と御架月の姿があった。
    「ケケケ、これは目が覚めた時が見物だな、オイ! おっ、そうだ! 服も隠
    しとこ〜っと!」
     真雪は、悪魔のような笑みをその顔に浮かべる。恐るべし、セクハラ大魔王。
    「そんじゃ、お二人さん。その時までグンナ〜イ」
     投げキッスをしてリビングを後にする真雪――だったが、途中で戻ってきた。
    「ん〜、やっぱ足はこうした方がいいかな〜…。んで、腕をこう回した方が絵
    になるな、うん…」
     さすが現役漫画家。構図にはこだわる。



                   ☆ ☆ ☆

     そして、夜が明けた――。

     東の空から朝日が昇り、夜の闇は西の彼方へ追い払われてゆく。
     眩い日差しが世界を照らしてゆき、小鳥達の囀る声で一日が始まる。

    「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

     突如、朝の静けさを吹き飛ばす野太い悲鳴が、さざなみ寮を揺るがした。
     住人達は何事かと飛び起き、我先にと悲鳴の出所へと急ぐ。
     そこで彼女らが見た物は――。

    「お、お兄ちゃん!?」
    「はわわっ! こ、耕介さん!?」
     その場で凍り付く知佳とみなみ。
    「耕介さん!? それに御架月!? …う〜ん……」
     卒倒する薫。
    「最低…」と冷たく言い放つリスティ。
     なにが起きたか判っていない愛。

    「ち、ちちちち違うんだ、みんな!! こ、これには深い訳が!! け、けっ
    して酔った勢いで御架月とその……」

     素っ裸で、それでも前だけは隠しながら必死になにかを伝えようとする耕介
    と、彼の足下で、同じくオールヌードのまま安らかに眠っている御架月の姿だ
    った。

    「や〜ん、耕介君ったら、そないな趣味あったんか? うちは驚きや〜」
    「にゃははは、こーすけってばショタコンなのだー。ショタコン、ショタコン」
    「ぷっ、くっくくくく…あーっはっはっはっ! さ、最高だよ、耕介」

     明らかに知佳達とは違うリアクションの真雪達を見て、耕介は瞬時に理解し
    た。
     この騒動の原因が誰なのかを。
    「ゆうひ……美緒……真雪さん……。あんたらだな、こんな手の込んだ真似す
    んのは…」
     怒りと羞恥に耕介の身体が震える。
    「うわっ、やっばっ! ズラかるぞ、二人とも!」
    「りょ、了解や!」
    「らじゃった!」
     真雪の合図で蜘蛛の子を散らすように逃げる三人。
    「てめぇらぁぁぁぁぁっ!! 逃がさねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
     犯人らを逃がすまいと191cmの長身が床を蹴り、宙を舞った。
     ついでに、前を押さえていた手が外れたんで、大事なところも一緒に舞った。
    「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! こ、耕介さん! ま、前…」
     顔を手で覆いながら愛が叫ぶ。
    「えっ!? うわっ!!」
     愛に指摘されて自分の痴態に気付き、慌てて前を隠す耕介だが、それによっ
    てバランスを崩し床に突っ伏しす。
    「耕介…最低…」
     リスティが冷たい視線で見下ろす。

    「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ! 見られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! もう…もう、
    お婿に行けないぃぃぃぃぃっ!!」



                   ☆ ☆ ☆

     その日の朝食時――。

     皆がキッチンのテーブルに座って朝御飯を食べている傍ら、ゆうひ、美緒、
    真雪の三人は、荒縄で身体をグルグルに巻かれた状態で正座させられていた。

    「あう〜、耕介君。もう許してぇな、な?」
    「うう、あたしもお腹空いたのだ〜」
    「耕介ぇ〜、あたしらが悪かったからさ〜」
    「…駄目。あんたら三人は罰として今日一日メシ抜き!!」

     皆さん、悪戯は程々に。
引用返信/返信
■10 / ResNo.3)  シーナン【とらいあんぐるハート2】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/06(Wed) 07:19:13)
     梅雨の合間の、嘘みたいに晴れた6月のある日。
     みんなに祝福されながら、俺とゆうひは近所にある小さな教会で式を挙げた。

    「おめでとう、ゆうひちゃん。ジューンプライドだね」
     と、知佳が、まるで自分の事のように喜んでくれた。
     ちなみに、ゆうひが投げたブーケは美緒が受け取った。
    「にゃははは! もうけたのだー!」
    「美緒ちゃん…いいなぁ…」
     んで、望ちゃんが美緒の事を羨ましそうに見てたから、あいつ、「望、それ
    なら半分こしよ!」とか言って、ブーケの中の花を何個か彼女に渡してたっけ。

     その後、ヨーロッパ一周の新婚旅行へ行き(…と、言っても、ゆうひのツア
    ーにお供で付いていっただけだが…)、再び日本へ戻ってきたのは、もう梅雨
    も明ける頃だった。

     そして、ここ、さざなみ寮も暑い季節を迎えた。

    「…んで、これが高校を卒業した頃やな…。丁度、耕介君と出逢う少し前やね」
    「…ふーん」
     みんなが寝静まった頃、俺は、ゆうひの部屋で彼女の昔の写真を見せてもら
    っていた。
     自分の奥さんの昔――。俺の知らないゆうひ――。
     彼女の細い指がアルバムめくる度、彼女が「ふふふ」と思い出し笑いをする
    度、とても不思議な感じがしてドキドキした。

    「あ! いや〜、懐かしいな〜。これ中学の文化祭の時や〜。うちらのクラス、
    演劇をやることになってな、うち、主役をやったんよ…。でもな、物語中盤に
    えっらい長い台詞があってな、練習の時そこで何回もミスるから、本番ではア
    ドリブかましたってな…」
    「あはは、ゆうひらしいな」

     思い出は、人が生きてゆく為の清涼飲料水みたいなものだと俺は思う。
     人生に――生きることに疲れたとき、人は昔を振り返る。

    「これは小学生の時の運動会や…。確か…うん、小3の時やな。徒競走で初め
    て一等賞になった時の…。あん時は嬉しかった。いつもは三等とか四等の旗の
    下に並んでたんやけど、そん時は一等賞の赤い旗の下にならんでな…」
    「……」

     セピア色に染まった思い出の風景は、いつでもその人に優しく微笑んでくれ
    るから。
     そう、嬉しいことも楽しいことも。そして、辛いことも悲しいことも全て包
    み込んで――。

    「あ、これなんて幼稚園の頃やで…。うふふふ…」
    「おお、ゆうひにもこんな可愛らしい時代があったんだな」
    「あ〜ん、もう耕介君のいけず〜。うちは今でも可愛いやろ」
    「はっはっはっ」

     人は昔を顧みる事で、前に進む。
     己の人生を、自分の生きた証を再確認する事によって、生きる気力を得る。
     当時見た夢を、景色を、出逢った人を思い出すことによって、明日の活力と
    成す。
     もっとも、後ろばっかり振り返っていると、目の前の石につまづくけどな。

     これから俺達二人は、共に笑い、共に泣き、共に生きてゆく。
     未来は――明日が明るい日だとは限らないが、それでも俺達は一緒に思い出
    を作ってゆくことだろう。
     それこそ、死が二人を分かつときまで――。

     ふと――。
    「おおっ! こんな写真まであったんか!? なんや、うちの両親、えっらい
    物持ちがええな」
     ゆうひが心底驚いた声を上げた。
    「ん? どれどれ、そんな昔のヤツか?」
     ひょい、と覗き込ん俺は――俺は、覗き込んだままの姿勢で固まった。
     きっと、目玉は飛び出していたに違いない。それこそ、もうアメコミ調に。

    「ゆ、ゆうひ…これって……」
    「ん? 可愛ええやろ? この頃のうちも」
     い、いや、可愛いとか可愛くないとか、そんなカテゴリーで分類出来る話じ
    ゃないぞ、これは。
     そう、そこのページに張り付けられていた物は(恐らく幼稚園入学前?)、
    なんと、ゆうひの面影を持つ人面魚の写真だった。
     写真の中では、熱帯魚とかを入れる大きな水槽に、ゆうひの顔した人面魚が
    泳いでいた。
     植えてある藻にじゃれている写真や、餌を美味しそうに食べている写真とか
    まであり、中には、しっかりカメラ目線をしている物まであったりした。

    「あれ? ゆうてへんかった? 椎名家の人間は生まれた時から3、4歳まで
    はお魚さんなんやで」
    「初耳だぞ!!」
    「…せやから、最初は水槽の中で暮らしとってね…。大体幼稚園入学の頃にな
    ると手足が生えてくるんよ。そしたら、あとは数日で人間形態になってな…」
    「なんじゃい、そりゃ! オタマジャクシか!!」
    「うちは平均的だったんやけど、妹のあさひは少し遅かったかな?」
    「真顔でさらりと言ってのけるなよ〜、頼むから」
    「あははは、でも知佳ちゃん達や十六夜さん達に比べれば、全然普通やろ?」
    「何処が!」
     ――って待てよ……。

     そこで、俺の脳裏によぎるものがあった。
     これはあれか? ゆうひお得意のギャグか?
     むぅ…。そう考えてみれば、そうなのかも…。
     なにせコイツは、デパートで俺とはぐれたときに迷子のアナウンスで呼びつ
    けるわ、クリスマスにサンタクロースの格好で登場するわと、人を驚かすこと
    に命懸けてるトコあるからな…。
     そうか…そうだよな…。大体、魚から人間に成長するなんて、現実的じゃな
    いもんな。
     もっとも、知佳や美緒達と接していると、その現実と言う言葉が酷く曖昧で
    頼りなさげに聞こえるのだが――。
     それにしたって、有り得ないでしょ、やっぱ。
     うん、そうだ、これはゆうひが俺を担ごうとしてるんだ。
     ふふん、その手には乗らないぜ!

    「ゆうひ!」
    「うん? …きゃっ!」
     次の瞬間、俺はゆうひに抱きつき、床へ押し倒した。
    「へへん、俺を騙そうったってそうはいかないぜ!」
    「騙そうなんて、そんな、うち……んっ!?」
     なにか言いたげなゆうひの唇を、自分のそれで塞ぐ。
     最初は驚き、微かな抵抗を見せたゆうひだったが、俺の舌が彼女の口腔を愛
    撫しているうちに、ゆうひは身体の緊張を解いてきた。

     やがて離れる二つの唇。名残惜しそうに、滑り輝く細い糸が俺とゆうひの口
    を繋ぐ。
    「あ…ん…。こうすけくぅ〜ん…。そんな、不意打ちなんて…卑怯や…。それ
    に、うち、嘘…ついて……んっ……」
     またなにか言おうとしたゆうひの口を、俺はもう一度口づけで塞いだ。
     こうしておかないと、なに言うか判らないからな、この口は。
     そして俺達は、そのまま夫婦の夜の営みタイムへ突入した。

     燃えた――。ハッキリ言って――。
     その夜は、“正”の字が一つと半分書ける程に燃えた――。



                   ☆ ☆ ☆

     やがて、さざなみ寮を覆う樹木が紅葉に色づく頃、ゆうひは母になった。

    「マジか?」
    「…うん、おめでたやて…」

     やや照れ加減に話すゆうひを、俺は力一杯抱きしめた。

    「あ、あん…耕介君。ちょう、苦しいわ…」
    「ナイスだ、ゆうひ! さすが俺の惚れた女だ!」
    「ア、アホ…。そないな…そないなこと…照れるやん…」

     イヤッホー! 俺も遂にパパか〜。
     なんか実感がわかないけど、ともかく嬉しかった。

    「それじゃ、早速みんなにも報告だ!」
    「うん!」

     今日は御馳走だ〜!
     へへへ、腕が鳴るぜ!



                   ☆ ☆ ☆

     その後、ゆうひはオペラ歌手としての活動を休止し(この事で、ゆうひの仕
    事関係の人達に迷惑をかけてしまったのだが、みんな、そんなことはおくびに
    も出さず、素直に喜んでくれた。…うう、みんないい人だ)、そして季節が一
    回りした。

    「耕介さ〜ん! 病院からです〜」
     二階をモップ掛けしているとき、階下で愛さんが呼んだ。
     俺はモップを放り出して電話機の所へ駆けていった。

    「はい! お電話代わりました! …はい、はい! そうですか! 判りまし
    た!! それじゃこれからそちらへ伺います! はい!!」

     そう、今日は出産予定日だった。



                   ☆ ☆ ☆

     バイクをかっ飛ばして(無論、比喩だが)病院に着くと、俺はゆうひの病室
    へ脇目も振らずに急いだ。

    「ゆうひ!」
    「あ、耕介君」
     彼女はベッドに身体を横たえながら、優しい笑顔で俺を迎えてくれた。
     その笑顔は慈愛に溢れていた。母性? 母親の持つ暖かさとでも言うのだろ
    うか?
     正直、俺は彼女の笑顔に今までのゆうひに無いなにかを感じていた。
     こう、強さを内に秘めた優しさのような、なにかを――。
    「よく頑張ったな、ゆうひ…。ありがとう…」
     本当は、もっと気の利いたことを言ってやりたかったが、今の俺には、そん
    な言葉しか掛けられなかった。
     たくさんの事が頭の中を走り回って、結局出てきたのは、そんな月並みの言
    葉だけだなんて。
     でも、ゆうひは「うん…」と頷いてくれた。全てを包み込んでくれる暖かな
    眼差しで。

    「あ、それじゃ、俺、赤ちゃんに合ってくるよ」
    「うん…。二人によろしくな、お・と・う・さ・ん」
    「ははは…。お父さんか…。な、なんか、こそばゆいな…」

     俺はベッドのゆうひに見送られながら彼女の病室を出て、新生児室へ向かっ
    た。
     しかし、お父さん――ねぇ。なんかまだ実感わかないけど、そうなんだよな
    ぁ〜。
     女性の場合の場合は、妊娠、出産を直に体験しているから、母親になった実
    感がすぐわくらしいが、男性の場合はそう簡単にはいかないらしいと、前に誰
    かが言っていた。
     我が子を抱いて、そして共に暮らすようになって初めて父親としての実感が
    生まれてくるものだと。
     俺も、いつかはそうなるのだろうか?
     うん、そうだな。いつかきっと――。

     新生児室はすぐ判った。
     扉を開けて中にはいると、左側に大きなガラスで仕切られた空間があった。
     ガラスの前に立ち、ゆっくりと室内を見回す。
     生まれたばかりの、十数個の無垢な命が小さなベッドで眠っている。
     彼らは、その小さな現代の揺りかごで一体どんな夢を見ているのだろうか?

     俺は『槙原』と書かれたベッドを捜した。
     電話で聞いたところ、俺達の子供は双子だそうだ。男の子と女の子らしい。
     名前は、既にゆうひと二人で決めてある。

     高鳴る心臓。その拍子は、大きなうねりとなって身体を震わす。
     ふと、高校受験の合格発表の時がデジャヴとして甦った。
     しかし、この高鳴りは、当時のそれ以上だと感じた――と、その時、遂に俺
    は愛すべき我が子達が眠る褥(しとね)を見つけた。

     それは――いや、そこだけは何故か水槽だった。
     甦る記憶。

    『あれ? ゆうてへんかった? 椎名家の人間は生まれた時から3、4歳まで
    はお魚さんなんやで』

    『槙原』とプレートの掛けられた水槽の中には水がなみなみと注がれ、その中
    で泳ぐ、俺とゆうひに良く似た顔を持つ二匹の小さな人面魚――。

     あ、あの話は、マジだったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

引用返信/返信
■12 / ResNo.4)  アイスを求めて三千里【とらいあんぐるハート2】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:03:55)
     それは、いまだ強い日差しの残る昼下がり。

     さざなみ寮そばにある雑木林の中に美緒がいた。

     彼女はそれ程高くない木の枝に身体を横たえ、すやすやと寝息を立てていた。
     他に人がいない為か、尻尾と耳は出しっぱなしだ。
     見れば彼女の胸の上には、小虎が身体を丸めて同じように眠っていた。

     葉の間からこぼれ落ちる木漏れ日と、時折吹き抜ける心地よい風に包まれて、
    午後の昼寝を楽しむ猫達。
     今の彼女達には、蝉の鳴き声さえも子守歌のようだ。

     ふと――。

    「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」

     耳の裏側を掻きながら美緒が目を覚ます。

    「んにゃあ…」

     同時に小虎も目を覚ました。
     美緒は横になったまま、小虎は彼女の上で、それぞれ伸びをする。

    「ん〜、よく寝た気がするのだ〜」
    「にゃあ」
    「ところで、今、何時なのだ?」
    「にゃあ?」

     美緒が身体を起こすと、小虎は彼女の上から飛び降りて地面に着地する。
     次いで、美緒も今まで寝ていた木から飛び降りた。

    「今まであんがとね。また今度もよろしくなのだ」
    「にゃ」

     枝を貸してくれていた木に礼を言うと、何処からともなく吹いた一陣の風が
    梢を鳴らす。
     まるで、木が語りかけるかのように――。

    「うん、また来る。バイバイ」

     美緒は木に向かって手を振ると、その場を後にした。
    「にゃ」と小虎が彼女に続く。





     そのまま歩くこと数分。
     彼女達は開けた場所に出た。

     美緒は額に手を翳して空を仰ぐ。
     良く晴れた夏空の中、太陽が西の方に傾いている。

    「う〜む…大体、二時か三時くらいと見た」
    「にゃ?」
    「つ・ま・り、おやつの時間なのだ〜!」
    「にゃあ!」

     美緒は、ゴソゴソとスパッツのポケットに手を入れる。

    「ん〜と…確か…っと、あ! あった!」

     再びポケットの中から手が出てきたとき、そこには鈍く輝く百円硬貨が握ら
    れていた。

    「こーすけの手作りおやつもいいけど、たまには外で食べるのもいいのだ。特
    に、今日みたいな天気の日には尚の事なのだ」
    「にゃあ」
    「えへへ、なに食べようかな〜」
    「にゃあ?」

     美緒の脳がフル稼働していた。恐らく、学期末のテストの最中でもこんなに
    働くことはないだろうと言うくらいの全力稼働だった。
     次から次へと百円で買える菓子が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
     やがて、彼女の脳がある一つの案を導き出した。

    「そうだ、アイスにしよう! おっきなグレートコーン!!」
    「にゃあ!」

     どうやら、その案に小虎も賛成のようだ。

    「よし、グレートコーンに決定! 行くよ、小虎!」
    「にゃ!」

     さあ、狩りの時間だ。
     一人と一匹のハンターは、獲物を求めて駆け出した。





    「チ〜ンチ〜ン ブ〜ラブ〜ラ ソーセージ〜 ハ〜イハ〜イ ハ〜ムじゃな
    い〜 なんてことは にゃはははははははは♪」

     薫が聞いたら、木刀を振りかざして襲いかかってきそうな替え歌を歌いつつ、
    寮から公道へと通じる道をテペテペ歩く美緒。既に耳と尻尾は隠してある。
     頭には小虎が乗っており、美緒の歌に合わせて「にゃあにゃあ」と鳴いてい
    た。

     彼女らは公道へ出ると、進路を風芽丘駅の方へ取った。
     理由は単純明快、駅前には店が多いからだ。

     途中、薫とみなみが通っている風芽丘高校の前を通った。
     夏休みだというのに、校庭からは生徒達の掛け声が聞こえてくる。
     きっと、部活動の生徒が出てきているのだろう。
     そう言えば、薫もみなみも部活で、朝から出かけている事を美緒は思い出し
    た。

    「体育会系は大変なのだ」

     風芽丘高校の校庭を横目に見ながら、知った風にそんな事を呟く美緒。

     やがて彼女達は道を折れ、大通りから一本裏へ入った小さな道を行く。
     そのまま進むこと数分、小道は駅前商店街の通りとぶつかった。





     美緒と小虎は、商店街の一角にある小さなお菓子屋の前にいた。

    「う〜む…」

     店の前に置いてある大型のアイス用冷蔵庫の中を、ガラス戸越しに鋭い眼光
    で見ている美緒。
     その足下では、小虎が落ち着かない素振りでウロウロしている。

    「うむむ…ないのだ〜、グレートコーン…」

     一通り見終わった後、彼女の口から溜息がこぼれた。
     残念ながら、冷蔵庫の中には目指すアイスが売ってなかったようだ。

     彼女の探しているグレートコーンとは、メーカー希望小売価格が100円の
    アイスで、ソフトクリーム用のコーンの上にアイスを乗せて凍らせたような外
    見の代物だ。

     アイスの部分には三通りのバリエーションがあり、まずは、ノーマルのバニ
    ラアイスをチョコでコーティングし、その上に砕いたアーモンドナッツを散り
    ばめた物。
     次に、クッキーを砕いて混ぜたバニラアイスの上に、チョコチップを振りか
    けた物。
     最後に、バニラアイスとチョコアイスを半分ずつにした上に、ビターチョコ
    を掛けた物の三つだ。

     美緒は冷蔵庫の戸を開け、奥の方まで探してみたが、どのタイプのグレート
    コーンも存在していなかった。

    「仕方ない! 次へ行くのだ!!」
    「にゃあ!」

     美緒は小虎を頭に乗せると、次の店へ向かった。





     商店街を駅が見える所まで来ると、大きなスーパーがある。
     彼女達は、次の捜索物件をここに決めた。

     入口の自動ドアの前に立つと、綺麗に掃除されたガラス戸が微かな機械音と
    共に左右に開いていく。
     美緒は小虎を頭に乗せたまま、中に入っていき――そして戻ってきた。

    「おっと、いけない、いけない…。ここはペット禁止の店なのだ」

     そう言って、頭に乗っていた小虎を下に下ろす。

    「小虎、暫くそこでイイ子にしてるのだぞ」
    「にゃあ」
    「うむ、頑張って探してくるのだ」

     小虎にガッツポーズを見せて、再び店内に向かう美緒。
     入口の脇に残された小虎は、その場で毛繕いをしながら美緒を待つ。

     自動ドアが何度か開閉した後、他人に混じって美緒が出てきた。
     元気がない。どうやら、ここにも売っていなかったようだ。





     それから美緒と小虎のコンビは、グレートコーンを求めて商店街の店という
    店を探し回ったが、不幸なことに一個も発見できなかった。

    「あう〜、見事なまでに売り切れなのだ〜…」
    「にゃあ…」

     失意のオーラを纏いながらトボトボ歩く美緒の後を、小虎が心配そうに付い
    てくる。

    「他のアイスなら売ってるのに…。ガミガミ君やバビコとか…」
    「にゃあ…」
    「うう、この際、他のアイスで…いや! 駄目なのだ! やっぱりグレートコ
    ーンが食べたいのだ!」
    「にゃあ!」

     拳を握り締め、初心を貫く決意をする美緒。
     彼女を応援するように、小虎が元気良く鳴いた。

    「…でも、何処にも売ってないのだ〜…あう〜」
    「にゃあ…」

     決意を揺るがす悲しき現実。
     吐き出される嘆息と共に、美緒の肩が沈む。
     合わせて、小虎の鳴き声も弱々しい物になる。

     とその時、美緒の脳裏に閃きが疾る。

    「そうだ! あそこなら!!」
    「にゃ?」

     しなびた向日葵のようだった美緒の表情に、たちまち生気が戻ってくる。

    「行くよ、小虎!」
    「にゃ!?」

     水を得た魚のように――いや、この場合、獲物を見つけたチーターか(猫だ
    し)。
     ともかく美緒は駆け出し、その後に少し遅れて小虎が付いていった。





    「おっばちゃ〜ん! 下さいなっ!!」
    「にゃあ!」

     美緒と小虎は、古びた駄菓子屋の前に来ていた。
     場所は先程までいた商店街の近辺ではなく、普段、美緒と望が通っている
    《私立山乃瀬学院》の側にある駄菓子屋だ。

     屋根から迫り出したトタンの日除けに引っかけられた簾の下、年季の入った
    風鈴が「ちりん」と鳴ると、かき氷の絵がプリントされたのぼりがそよぐ。
     薄暗い店の中には、多種多様な駄菓子類が所狭しと並び、子供に買われる時
    を待ち望んでいた。

     実はこの店、美緒の寄り道スポットの一つで、学校のある日などは、望と一
    緒にちょくちょく来ていた。

    「はいはい、ちょっと待っててね…って、あら? 美緒ちゃんじゃない?」

     店の奥から齢六十後半くらいの老女が姿を現し、外にいる美緒を見つけると、
    顔の皺を綻ばせた。

    「にゃあ!」
    「おやまぁ、小虎ちゃんも一緒かい?」

     同時に側にいた小虎を見つけ、彼女にも微笑み掛ける。

     美緒は、過去に小虎を何回かこの店に連れてきたことがあった。
     故に、小虎も店主であるこの老女とは顔見知りだった。

    「どうしたの今日は? まだ学校は夏休みでしょう?」

     と訝しげに訊きながらも、その声はとても楽しそうだった。

    「うん、まだ夏休みだよ。今日はアイスを買いに来たのだ〜」
    「おやおや、それだけの為にウチまで来てくれたのかい? 嬉しいねぇ…」
    「えへへへ…」

     老女の顔が、皺でより一層しわくちゃになる。
     彼女にしてみれば、美緒などは孫同然なのだろう。
     そんな娘が顔を見せに来てくれたのだ。嬉しくないはずがない。
     そして美緒自身も、この老女のことが大好きだった。
     人柄は勿論、時々おまけをしてくれるからだ。

     美緒は世間話も程々に、本題を切り出した。

    「ねぇ、おばちゃん。あたし、グレートコーン探してるんだけど…ある?」

     美緒の問いに老女は小首を傾げる。

    「グレートコーン? ん〜、どうだろ…。ちょっと見てみるよ…」

     彼女はそう言うと、店の中にあるアイス用の冷蔵庫の蓋を開け、中を物色し
    始めた。

     美緒は瞳を期待に輝かせながら、老女の動きを見守っていた。

     やがて、冷蔵庫の中を探っていた老女の動きが止まる。
    「う〜ん」と、奥の方に手を伸ばした後、その手が引き戻された。

    「ほら、あったよ、グレートコーン。…どうやら、最後の一個みたいだね」
    「おおっ!!」
    「にゃあっ!!」

     彼女の手の中には、紛れもなく美緒達が追い求めたアイス――グレートコー
    ンの姿が。
     それは、チョコチップが乗っているタイプの物だった。

    「やったのだ! 遂に! 遂に見つけたのだ〜!! にゃはははははっ!!」
    「にゃあ! にゃあ! にゃあっ!!」

     身体全身で喜びを表現する美緒と小虎。
     そんな彼女らを、老女は楽しそうに目を細めて見ていた。

    「そんじゃ、おばちゃん、頂戴」

     老女に百円硬貨を一枚差し出す美緒。

    「はいよ、100円ね」

     それを受け取る代わりに、グレートコーンを美緒に手渡す老女。

     狩りの時間は終わった。
     嗚呼、長い道のりだった。
     このアイス一つを手に入れるため、一体どれ程の労力を使ったことだろうか。
     しかし、目的の品物を手に入れた今、全てはセピア色の思い出の中へ――。
     美緒と小虎の一夏の冒険は、ようやくここに完結する――筈だったのだが、
    そうもいかなかった。

    「おばちゃ〜ん」

     意気揚々と店から出ようとした美緒達と擦れ違うように、一人の女の子が店
    に入ってきた。
     年も身長も美緒よりかなり下だ。恐らく、幼稚園の年長組と言ったところか。

    「おばちゃん! グレートコーン頂戴!!」

     幼女は純真な瞳を老女に向けて、その小さな掌を開いて見せた。
     椛のような掌の上には、百円の硬貨が一枚のっかっていた。

     そんな幼女に、老女は申し訳なさそうに「ごめんねぇ〜」と謝る。

    「グレートコーン、今、売り切れてるのよ〜」

    「ええ〜、そんな〜」と頬を膨らまし、ストレートに感情を表現する幼女。

    「ごめんねぇ〜、今度たくさん入れて置くから、また来てねぇ〜」
    「は〜い…」

     心底残念そうに言いながら、店を出ようとした幼女は、入口の所にいた美緒
    と目があった。

    「あっ!」と目を輝かせる幼女。
    「ぎくっ!」と身を引く美緒。

     幼女の瞳は、美緒の手にしているグレートコーンを捉えていた。
     美緒の野生の本能が警告を発していた。
     この娘はグレートコーンを狙っていると。

    「こ、これは、あたしんだからね! あげないよ!」

     幼女の視線の追撃をかわすのように、美緒はグレートコーンを後ろへ隠す。
    「ふえっ…」と少女の顔がベソをかく。

    「うっ…そ、そんな顔されても…」

     小さな子供が、自分の年齢を最大限に生かした“それ頂戴攻撃”。
     意識してやっているのか、それとも無意識なのか判らないから始末が悪い。
     もし逆の立場だったら、きっと美緒も同じ事をしただろう――が、今回は向
    こうが年下だ。
     小さな子を泣かしたと言う罪悪感が、美緒の小さな胸をチクチク刺す。

    「ふえぇ…」
    「ううっ…」

     幼女の顔とグレートコーンを交互に見遣る美緒。
     向こうは今にも泣きそうだ。

     ――あううっ、どうしたらいいのだ〜!!

    「ふええぇ…」
    「うううっ…」

     激しい葛藤の末、結局美緒が折れた。
    「はい、あげる」と、渋々グレートコーンを差し出す美緒。
     すると、さっきまで泣いていた鴉がなんとやらで、幼女の顔が、パァっと晴
    れ渡る。

    「ありがとう! お姉ちゃん!!」
    「は、はは…別にお礼を言われることじゃないのだ、はは…」

     と、美緒は笑ってみせるが、何処かぎこちない。
     顔で笑って心で泣いて――。
     年上の者が負う辛さと言うヤツを、少しだけ理解した美緒だった。

     そんな一連のやりとりを、風芽丘高校の制服を着た一人の女子高生が、少し
    離れたところから見ていた。
     彼女の足下には大きな荷袋と、長い竹刀袋が置かれていた。





     真夏の太陽が西に大きく傾き、辺りでヒグラシが鳴き始めた頃、美緒と小虎
    は、さざなみ寮への帰路へついていた。

     あれだけ動き回ったのに、結局、目的の物は手に入らずじまい――。
     自然と足も重たくなる。

     途中、赤信号で立ち止まった美緒は、ゴソゴソとスパッツのポケットに手を
    入れ、その中にある物を取り出す。
     それは、ラップにくるまった焦げ茶色した大きな飴玉と、百円硬貨だった。

     百円硬貨はアイスを譲った女の子から、飴玉は駄菓子屋の老女がサービスで
    くれた物だった。

     飴玉をラップから取り出し、口に放る美緒。
     甘い。頬の奥が、甘さでチリチリ痺れる。
     二、三度、舌で転がしてみる。
     飴玉は歯にぶつかり、カラカラと物悲しい音を立てた。

    「はふう、アイヒュがアメにぶぁけたのだ…」

     飴玉を口に入れたまま、横に付いてきている小虎へ笑い掛ける美緒。
     その笑顔からは、微かな哀愁が感じられた。

    「な〜」

     甘えるように、美緒の足に身体を摺り寄せる小虎。
     そんな小虎を美緒は拾い上げ、胸元で抱く。

    「ひょうがないよ…あたひのほうが、とひうへなんだもん。…ひょうがないよ」
    「にゃあ〜ん」

     仕方ないと呟くように言う美緒の胸元で、小虎が思いっきり甘えた鳴き声を
    上げた。
     まるで、美緒を慰めるように――。

    「こひょら…。おまえは、やひゃしいね…」

     やがて信号が青になり、美緒は再び歩き始めた。





     それから暫くして、口の中の飴玉がなくなった頃。

    「おろ?」
    「にゃあ?」

     二人は歩いている道の脇に、オープンしたばかりのコンビニを見つけた。

    「こんな所に、コンビニが?」
    「にゃあ?」

     暫く、その場に立ち止まり考え込む美緒。

    「最後に、寄ってみようかな…」

     ポツリと呟いてみる。

    「にゃあ!」

     彼女の背中を押すように、小虎が力強く鳴いた。





     小虎を入口の脇に置いてから、美緒は自動ドアの前に立った。
     ガラス戸の自動ドアが左右に開き、客の来店を告げる電子音のチャイムがな
    る。
     店員の「いらっしゃいませ」と言う声を聞きながら、美緒は店内に足を踏み
    入れた。

     店の中は、さすがに新店舗だけあって新品の匂いで溢れていた。

     美緒はアイス用の冷蔵庫を探した。それは弁当棚の隣にあった。
     小走りで近付いていき、中を覗く。
     パッと見た限りでは、グレートコーンの姿はなかった。

     ガラス戸を開けて中を物色してみる。
     すると――。

    「あっ!!」

     思わず声を上げる美緒。
     あった。ほぼ半日間探し求めたアイス、グレートコーンが。
     それも一個や二個ではない。およそ十個程の固まりが、アイスもなかと氷菓
    子の山の中に隠れるように置いてあった。
     今の美緒には、それらが宝の山に見えた。

    「あう〜、やっと見つけたのだ〜」

     冷蔵庫の中から目的のアイスを取り出し、ジッと見つめる。
     売っていたグレートコーンは、バニラとチョコが半分ずつで、上にビターチ
    ョコを掛けたタイプの物だった。
     ここまでの苦労が、美緒の頭の中を走馬燈のように駆け抜けていく。
     気を抜くと、今にも涙が溢れてきそうだ。

     長かった――。
     たかがアイス、されどアイス――。
     食べようと決意してから、早数時間――。
     遂に念願のグレートコーンを手に出来たのだ。
     今、万感の思いを抱いて、レジへ向かう美緒であった。





     その頃、コンビニの入口に一人の女子高生の姿があった。
     風芽丘高校の生徒だ。
     彼女は大きな荷袋を肩に担ぎ、手には竹刀袋を持っていた。

    「にゃあ、にゃあ!」

     入口の脇で美緒の事を大人しく待っていた小虎は、彼女の姿を見た途端、嬉
    しそうな鳴き声を上げ、擦り寄ってきた。

    「やあ、小虎」

     彼女はその場にしゃがみ込んで、寄ってきた小虎を撫でてやる。

    「陣内は、こん中ね」

     女子高生の口から聞こえた言葉は、独特のイントネーションを含んでいた。





    「すいませ〜ん、コレ下さいなのだ!」

     アイスをレジの上に元気良く置く美緒。
     レジにいた店員はそれを受け取ると、手にしたバーコードリーダーを商品の
    バーコード部分に押し当てる。
     その間に、美緒はスパッツのポケットから百円硬貨を取り出した。

     ピッ、ピッ、ピッと何度か電子音がして、レジに金額がデジタルで表示され
    た。

    「98円のお品が一点で、消費税込みで102円になります」

    「え?」と美緒の表情が凍り付く。

     そう、消費税。
     買い物をする場合、毎回取られる税金。
     小さな駄菓子屋とかで取ることはまずないが、このようなコンビニの場合、
    確実に消費税が取られる。
     どうやら、この店でのグレートコーンの販売価格は98円に設定されている
    らしい。
     現在の日本の消費税は5%。小計に5%分が加算される。
     つまり、98X1.05=102.9。
     この内、小数点以下は切り捨てになるので、合計102円。

     美緒はグレートコーンを見つけた嬉しさの余り、すっかり消費税の存在を失
    念していた。
     慌ててポケットの中を探し始める――が、出てくるのは塵や芥。

     見る見る内に、血の気が引いていく美緒。
     普段は道に落ちていても気にしないアルミニウムの硬貨が、今は喉から手が
    出るほど欲しい。

     ――あううっ! ど、どうしよう!!

     一瞬、このまま商品を持ち逃げしようかと、邪な考えが美緒の脳裏をよぎる。
     美緒の機動性なら、店員を振りきって逃げ切れる自身があった。

     しかし、思いとどまる。
     既に自分の姿は、入口の防犯カメラに捉えられている。
     例えこの場を逃げ延びても、いずれは捕まってしまう。
     そうしたら、自分は犯罪者の仲間入りだ。さざなみ寮のみんなに合わす顔が
    ない。海外で仕事をしている義父にも迷惑が掛かる。

     ――うう、仕方ない。今回は諦めるのだ…。

     美緒は身を斬る思いでアイスを諦め、店員に詫びようとした。
     その時、彼女の背後から伸びた手が、レジの上にもう一つのグレートコーン
    と204円分の硬貨を並べた。

    「うちの分と、このちっちゃい奴の分、これで一緒にお願いします」

     独特のイントネーション。
     それは、良く慣れ親しんだ声だった。
     自分といっつも喧嘩ばかりしている、さざなみ寮の住人の一人の――。

    「薫!?」

     慌てて振り返る美緒の視線の先には、大きな荷袋と竹刀袋を肩に担いだ、部
    活帰りの薫が立っていた。





    「やっぱり、グレートコーンは旨いのだ。薫! ゴチなのだ」

     コンビニの前に備え付けてあるガードレールに腰掛けながら、今し方薫に奢
    ってもらったアイスを美味しそうに舐めている美緒。

    「……」

     その横に座りながら、同じアイスを無言でアイスを食べている薫。
     彼女の足下に置かれた荷袋の上では、小虎がじゃれていた。

     辺りはすっかり朱に包まれ、遠く東の空には、星々と月が夜空を彩る準備を
    始めている。

    「ねぇ、薫…」

     不意に、美緒はアイスを食べる手を休めると、真剣な口調で薫のことを呼ぶ。

    「なんね?」

     同じように薫も食べるの止め、美緒の顔を見る。

    「どうして、あたしにアイス…奢ってくれたの?」
    「どうして…って、別に理由なんてなかよ…」
    「嘘!!」

     ガードレールから降り、激しく薫に問いかける美緒。

    「だって、薫の財布の紐は、『濡れた水着の紐みたいに固い』って真雪が言っ
    てたもん! それに、あたし達いっつも喧嘩ばっかしてるし、別に仲良しって
    訳でもないし…」

     だが薫は答えずに、手にしたアイスを足下の荷袋でじゃれる小虎の前に差し
    出す。

    「にゃあ!」

     たちまち、目の前のアイスにしゃぶり付く小虎。

    「別に理由なんてなか…。ただ、うちは部活帰りになんとなくアイスが食べた
    くなって、店を探しとっただけね。そしたら陣内を見つけた。だから陣内の分
    を出したのも、たまたま…。それ以上もそれ以下もなかよ」
    「でもっ!」

     更に食い下がろうとする美緒を制するかのように、薫は顔を上げ微笑み掛け
    る。
     優しい笑顔だった。今まで美緒が見たことのない、薫の優しい笑顔だった。
     愛の優しさとは違う。望や知佳から感じる物でもない。
     母や友達の持つ優しさではない。強いて言うなら、姉としての優しさか――。

     夕日に照らされた薫の笑顔は、例えるなら、妹が良い行いをした事を誇る時
    に見せるような姉の笑顔だった。

    「うっ…」

     思わず言葉に詰まる美緒。

     美緒は薫の中に“姉”を感じていた。
     自分に姉はいないが、もしいたらこんな風に笑ってくれるのかも知れないと、
    その時、美緒は心の何処かで思った。

     そんな笑顔を見せられた日には、さしもの美緒も言葉を失う。
     でも、悪い気はしなかった。
     ただ、照れくさかった。

    「ふ、ふん、変な薫」

     再びガードレールへ腰掛け、アイスを食べ始める美緒。

     そこでふと、美緒の脳裏を、ある出来事がよぎった。

     ――あ…。

     先程の駄菓子屋での一件だ。

     ――薫、もしかして…。

     あの場所に偶然居合わせたのかも知れない。
     自分と幼女とのやりとりを見ていたのかも知れない。
     だから――。

    「薫…」

     その事を訊こうと口を開いたが、すぐに止めた。

    「ん? なんね?」

     と薫も訊き返すが、美緒は「なんでもな〜い」とアイスを囓る。
     冷たさに歯が少ししみたが、余り気にならなかった。

    「おかしな奴ね」
    「変なのはお互い様なのだ」

     きっと、彼女はあそこにいたのだろう。
     これは薫なりの粋な計らいなのだと美緒は思った。
     それならば、わざわざ口に出すなんて無粋。
     今は黙って薫の好意に甘えることが、彼女に対する一番の礼。
     いつもお気楽やっている美緒だが、それくらいのことは判る年齢だ。
     だから、なにも言わなかった。

     明日になれば、また二人はいつもの二人に戻ることだろう。
     でも、今だけは――。

     聞こえ始めた虫達の澄んだ合奏を聴きながら、そう思う美緒だった。





     きょうは、つかれたこととか、かなしいこととか、たのしいこととか、うれ
    しいこととか、たくさんあったのだ。
     でも、とってもおもしろかったのだ。
     だから、とってもよいひだったのだ、マル。

     じんない みお
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■13 / ResNo.5)  海の見える公園にて【とらいあんぐるハート2】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:09:58)
     吹く風の中に、微かに春の匂いが感じられる。
     いつしか肌寒い乾燥した空気は、眠気を誘う暖かなものへと変化を始めてい
    た。
     やがて暖かな日差しにつられ、長い眠りについていた動物達も目を覚ますだ
    ろう。
     もうすぐ春だ。四つの季節のうち、もっとも優しい刻(とき)――。



     まだ昼には少し早い時間。
     俺は頭にタオルを巻き、いつものTシャツとジーンズ姿で、さざなみ寮一階
    の廊下を雑巾掛けしていた。

     玄関から愛さんの部屋の前まで一気に拭き、その後、雑巾を折り返して、再
    び玄関に戻る。
     春休みだというのに、珍しく住人達は朝から出かけていて、寮内には俺と十
    六夜さんしかいなかった。

    「ん?」
     リビングの前まで戻ってきたとき、俺は開け放たれたリビングの窓の向こう、
    庭に備え付けられた物干し台の上に腰掛けながら、ひなたぼっこをしている十
    六夜さんを見つけた。

     今日は朝からスッキリと晴れ渡り、日光浴にはもってこいの天気だった。
     俺は雑巾を掛けながら玄関へ戻ると、そこに置いてあるバケツの中に今し方
    使っていた雑巾を放り込む。
     玄関のドアを空け、頭に巻いていたタオルを外してから大きく伸びをする。
    「う〜〜〜〜〜ん…」
     暫く心地よい気怠さを楽しんだ後、俺はタオルを首に掛け、庭の方へ足を進
    めた。

     庭の物干し台の上では、相変わらず十六夜さんが気持ち良さそうに太陽の光
    を受けていた。
     紺を基調とした純白の着物が風にはためき、長く美しい金髪が日の光を受け
    てキラキラと輝いている。
     ほんと、気持ちよさそうだ。

     見れば物干し台の柱の所に、抜き身の霊剣十六夜が鞘とワンセットで立てか
    けてあった。
     恐らく、薫が出かける前にそうして置いたのだろう。

    「十六夜さん」
     俺が声を掛けると、彼女は頭だけこちらへと動かす。
    「耕介様?」
     十六夜さんの光を映さない瞳が、俺の立っているであろう辺りを見る。
    「どうかされましたか?」
     微かに目を細め、十六夜さんが訊いてきた。
     俺は物干し台の側まで行き、
    「いい天気ですね」
     と答えた。
    「ええ」と微笑む彼女。
    「もう、日差しも春のものです…。とても暖かくて気持ち良いです…」
     再び顔(かんばせ)を空へと向ける十六夜さん。
     俺もそれに習い、両手を腰にあて空を仰いだ。

     雲一つ無いスカイブルーの空の真ん中に、生命力溢れる太陽が浮かんでいた。
     ん〜、実にいい天気だ。
     こんな日は、少し遠出をしたくなる。
     などと考えていた俺の脳裏に、浮かぶ風景があった。
    「そうだ」
    「…?」
     突然上がった俺の声に、十六夜さんが首を傾げながら俺を見た。

     あそこ――。
     この前、買い出しの帰りに寄り道をしていて偶然見つけたあそこ――。
     うん、あそこへ行こう。こんないい天気の日なら、あそこにはきっといい風
    が吹いていることだろう。

    「ねぇ、十六夜さん」
    「はい?」
    「今日、これから俺と一緒に出かけません?」



     俺は素早く掃除の残りを済ませ、使った道具を片づけると、部屋へ戻りGジ
    ャンを羽織る。
     タンスの中から、以前、薫に貰った刀袋を取り出し、そして、ベッドの上に
    置いてあったハーフキャップのヘルメットを脇に挟んでから部屋を出た。

    『ねぇ、十六夜さん』
    『はい?』
    『今日、これから俺と一緒に出かけません?』

     鼻歌混じりに階段を昇り、二階の戸締まりを確認する。――良し、OK!

    『私などで…よろしいのですか?』
    『十六夜さんじゃないと駄目なんです』
    『耕介様……』
    『行きましょうよ、ね?』
    『はい……。それでは、是非、ご一緒させて下さい』

     再び一階へ降り、同じように戸締まりを確認し、火の元を閉める。
     その後、自分の部屋のドアに張り紙をした。

     2、3時間出かけてきます――耕介――。
     ――あと、薫へ――。十六夜さんを借りていきます。

     それじゃ行きますか!

     玄関で靴に履き替えてから外に出て、ドアに鍵を掛ける。
     ノブをガチャガチャ回してみて、ロックされてるのを確認すると、俺は庭へ
    向かった。

    「十六夜さん」
     彼女は先程と同じように、物干し台の上に腰掛けていた。
     俺は立てかけてあった霊剣十六夜を手に取り、
    「それじゃ行きましょう」
     と、刀身を目の前にかざす。
     十六夜さんは「はい」と頷き、その姿を霧状に変えると、吸い込まれるよう
    に刀の中へ消えた。
     俺は霊剣を鞘に収め、手にした刀袋へしまってからそれを背負い、紐で固定
    する。
    「十六夜さん、きつくないですか?」
    「…はい、大丈夫です…」

     庭に隣接してある駐車場へ向かい、停めてあるバイクにまたがりエンジンを
    かける。
     ヴォンッ!! と排気量800ccを誇る鋼の心臓はご機嫌な唸り声を上げ
    た。
     うん、こいつの調子も上々だ。

     俺はヘルメットを被り、ゴーグルを下ろす。
     暫くアイドリングさせた後、ギアをローに入れ、アクセルを回しつつクラッ
    チを繋げると、俺の愛車は緩やかな加速と共に、さざなみ寮を飛び出していっ
    た。



     坂道を下っている途中、俺は、横目で道の脇を覆う木々を見た。
     まだ、桜の咲く季節には少し早いか――。でも、それもすぐだ。
     今は緑に覆われたこの道も、あと少しもすれば綺麗な桜色に染まる――。

    「もうすぐ、桜も咲きますね…」
     背中の十六夜さんへ声を掛ける。
     刀袋の中から「ええ」と声が返ってくる。
    「桜が咲いたら、またみんなでお花見しましょうね」
    「はい…。楽しみです……」



     バイクを走らせること数十分――。
     俺は目的地である海鳴臨海公園に着いていた。

     駐車場へバイクを止め、キーロックをして降りる。
     ヘルメットを外してハンドルの所に引っかけてから、俺は公園の入口へ向か
    った。
    「十六夜さん、もう少しだけ待っていて下さいね」
    「はい…」
     歩きながら、霊剣の入った刀袋を背中から下ろし、左手に持つ。

     公園の中は、さすがに春休みだけあって、かなりの人がいた。
     俺は人混みを避けるように道の脇を歩いて行く――と、入口から数分程歩い
    た所に、上へ昇る階段が見えた。
     側には、丁度階段を隠すように数本の木が生えているので、よく見ないと見
    落としてしまう。
     俺は躊躇わず、その階段に足を掛けた。

     この階段を見つけたのは、この前の買い出しに来たときだった。
     本当に偶然だった。買い物袋を手にブラブラと公園内をうろついていた俺は、
    何気なく視線を泳がせた先に、この階段を見つけた。
     海鳴臨海公園自体は何度か来たことがあるが、こんな場所に階段があるなん
    て、その時まで気付きもしなかった。
     
     試しに昇ってみると、小さな広場に出た。
     幼稚園の校庭みたいな広さのそこには、一個のベンチと一本の街灯が寂しそ
    うに立っていた。
     やはり、ここに繋がる階段の場所が場所だけに人気(ひとけ)はなかったが、
    その代わり、この広場から見える景色は、下の公園よりも格段に素晴らしかっ
    た。

     俺は、前と同じく小さな広場に出た。
     初めてここを見つけた時のように、そこには誰もいなかった。
     ただ、一個のベンチと一本の街灯が寂しそうに立っていた。

     それでも、俺は一応周りを注意深く確認し、辺りに人気が無いことを確かめ
    ると、刀袋から霊剣を取り出し、鯉口を切った。
    「十六夜さん、いいですよ」
     刀身に囁くように話しかけると、そこから霧のように薄いモヤが立ち上り、
    それは見る見るうちに十六夜さんになった。
    「耕介様、ここは…」
    「海の見える公園さ、十六夜さん」
     俺は霊剣を袋にしまってから彼女の手を取り、広場の縁へと誘った。

     眼下に生い茂る木々の緑の向こう、青い、何処までもブルーな海が水平線の
    彼方へと伸びていた。
     海原の上には大小さまざまな船が行き交い、キラキラと春の日差しで照り返
    す水面(みなも)の上を、海鳥が滑るように飛ぶ。
     流れてくる風は微かに潮の匂いを含み、静かに俺達の頬を撫でていった。
     う〜ん、いい眺めだ。

    「まぁ…潮の香りが…」
     うっとりと目を細める十六夜さん。
    「ここね、海鳴臨海公園なんですよ」
    「え!? で、では、私が姿を見せては…」
     慌てふためく彼女に、俺は「大丈夫」と笑う。
    「ここはね、公園の中でも滅多に人が来ない場所なんだ。この前の偶然見つけ
    たんだよ」
    「まぁ…」
    「十六夜さんって、仕事以外で外に出ることって少ないでしょ?」
    「はい…」と彼女は寂しそうに笑った。
    「だから、たまには…ね。たまには、こんなのもいいんじゃないかってね」
    「耕介様……。そんな、私如きの為に……」
    「おっと、そんな言い方はよして下さいよ。俺は、ただこうして十六夜さんと
    潮風に当たりたかっただけなんですから」
    「…耕介様……。ありがとうございます……。とても、とても嬉しいです」

     それから、俺と十六夜さんは暫くの間、黙ったまま潮風に身をさらしていた。
     暖かな海の匂いをする風は、俺達を優しく包み込んでくれた。
     心が静かに、とても穏やかな気分になっていくのを俺は感じていた。
     きっと、十六夜さんもそうなのだ――と思う。

     原初、人は――いや、この星で生きる生命達の祖先は海から生まれたと聞い
    たことがある。
     なら、この潮風の中に感じる温もりは母のそれであろうか――なんてな。
     はは、らしくない。なに詩人の真似事みたいなことやってんだか。

     俺は隣に立つ十六夜さんを見た。
     綺麗だ。本当に――。
     美しい金髪は、陽光に煌めき、吹く風に遊ばれ緩やかにそよいでいた。
     その心の底からリラックスした表情を浮かべる横顔を見て、正直、俺の胸は
    高鳴っていた。
     俺は、この人がたまらなく愛おしい。
     綺麗で、優しくて、暖かで、ちょっぴり天然さんで――。
     見た目は外人さんなのに、仕草が日本人っぽくて――。
     そして、全盲の彼女――。
     そんな十六夜さんが、俺は好きだ。
     このまま、彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。

     ――とは言っても、肝心の十六夜さんは俺のことをどう思っているんだろう
    か?
     そう、それが問題だ。いくら自分が彼女のことを好きでも、向こうにその気
    が無かったら?
     ははは、三流ドラマにもなりゃしないぜ、そんなオチ。

     俺は、さり気なく彼女の肩に手を回した。
    「耕介様?」
     不思議そうな顔をこちらに向ける十六夜さん。
     よしよし、嫌がってはいないな。なら――。

     いざ一気に抱き寄せそうとしたその時、一羽の鳩が何処からともなく飛んで
    きて、彼女の頭にちょこんと止まった。
    「あら…」
     十六夜さんは、自分の頭に止まった鳩に手を伸ばす。
     鳩は特に嫌がった感じもなく、クルックーと鳴きながら彼女に黙って触られ
    ていた。
    「鳥…これは…鳩? ですね…」
    「え、ええ…」
     俺は苦渋の思いで彼女の肩から手を離す。
     くぅ〜、いいところで! あと少しだったのに〜!
     恨むぞ、鳩よ!

     てな具合に俺が心の中で地団駄を踏んでいると、いつの間にか凄いことにな
    っていた。
     なんとどうしたことか、後から後から鳩がやって来ては彼女に止まってゆく
    ではないか!
    「あ、あらあら…」
     これには、さしもの十六夜さんも驚いたようだ。
    「耕介様〜、どうしましょう〜」
    「ど、どうしましょう、ってもって言われても…」
     そうこうしている間に、十六夜さんの姿は鳩達に覆われて、すっかり見えな
    くなってしまった。
     な、なんか昔観たヒッチコック監督の《鳥》って映画みたいになってきたな。

     ここで鳩達を追い払うのは簡単だが、俺はちょっと意地悪っぽく言ってみた。
    「ん〜、どうやら、鳩達は十六夜さんのことが気に入ったみたいですね。ま、
    折角だから、もう暫く鳩達の自由にさせてやりましょうよ」
     なんとなく、彼女を困らせてやりたくなったからだ。
     ガキっぽい? そうだな、好きな女の子についつい悪戯したくなってしまう
    男の子の心境ってヤツさ。

    「そ、そんな、耕介様〜…」
     本当に困った十六夜さんの声。
     ん、そろそろ潮時だな。悪戯は引き際が肝心だ。
    「ほらお前ら、散った散った…」
     俺は十六夜さんに止まっていた鳩達を払うように手を動かす。

     バサバサと、一羽の鳩が羽音を立てながら青い空に舞った。
     その鳩に続くように、残りの鳩達もスカイブルーのキャンパス目掛けて飛ん
    でゆく。
     それは、さながら映画のワンシーンのようで、思わず「おおっ!」と嘆息を
    漏らしたが、その興奮も冷めやらぬ内に、今度は先程と違うイントネーション
    で「おおっ!?」と声を上げる事になった。

     鳩達が空に飛んで行くに従って、本来ならそこにいるべき筈の十六夜さんが
    姿を現す筈なのだが、なんと、彼女の姿は鳩達と共に消えていた。文字通り忽
    然と。
     マ、マジ!? マジでヒッチコック映画みたいになっちゃったのぉ!?

    「い、十六夜さん!?」
     慌てて左右に首を動かして彼女の姿を捜すが、見つからない――と、思いき
    や、
    「こっちです〜」
     俺の背後から掛けられる、落ち着いた、それでいてやや悪戯っぽい声。
     後ろを振り返ると、そこにはニコニコと笑っている十六夜さんの姿があった。

     くぅ〜! そうか、鳩が飛び立つと同時に姿を消して俺の後ろに回り込んだ
    んだな。
     なかなかやるな、十六夜さんも。

    「人が悪いな、十六夜さん」
    「ふふふ…。これでおあいこですね、耕介様」
    「はは…あはははは…」
    「ふふふふ…」
     お互い、声を出して素直に笑い合う。
     決して付き合いだけの愛想笑いじゃなくて、俺達は本当に笑い合った。
     下らないことで、心の底から一緒に笑いあえる。それはとても素晴らしいこ
    とだと思う。
     願わくば、この安らいだ時間が少しでも長く続きますように――。

    「ふふ……ふ…」
     しかし、十六夜さんの笑い声が途切れ、彼女の表情に翳りが生じる。
    「十六夜さん? どうしたの?」
    「耕介様…私は…」
     と、なにか言いかけ、そして俺から視線を逸らす。
    「…私は…怖いのです……」
    「怖…い?」
    「はい…。怖いのです…」
    「ちょ、ちょっと待ってよ、一体どうしちゃったんだよ、十六夜さん」
     俺には判らなかった。さっきまであんなに笑っていた彼女を、なにが悲しま
    せているのかが。
     十六夜さんは、俺から視線を逸らしたまま黙っていたが、やがて、ポツリと
    話し始めた。

    「耕介様……。私は、あなた様と一緒にいると、とても幸せな気持ちになりま
    す」
    「十六夜さん…」
    「今まで、気の遠くなるような年月を生きてきて、このような気持ちになった
    のは、耕介様、あなた様お一人です…」

     ドキッ! と心臓が一回跳ねた。

    「何度、あなた様と一緒に生きてゆけたら幸せかと思ったことか。…ですが、
    ですが! 私と耕介様とでは、生きている世界が違いすぎます! 私と耕介様
    は、本当は一緒にいてはいけないのです!」

     ズキッ! と心臓が一回痛んだ。

    「そんな…そんなことない! 十六夜さんも俺も、同じさざなみ寮の下で暮ら
    している住人じゃないか! そりゃ、薫と十六夜さんは確かに少しばかり人と
    違うけど、そんなこと言ったら、知佳や美緒だって…」
    「違うの…。違うんです…耕介様……」
     悲しげに首を横に振る十六夜さん。
    「耕介様や知佳様、美緒様、そして薫にあって私に無いものを御存知ですか?」
    「十六夜さんに無くて、俺達にあるもの? …いや……」
     今度は、俺が首を振る番だった。
    「それは、寿命です…」
     十六夜さんは苦く笑いながら、静かに言った。
     痛い言葉だった。俺の胸をえぐり取るような痛い言葉だった。

    「人は、いつか死んでゆきます。それは、何人たりとも変えることの出来ない
    運命なのです」
    「……」
    「でも、私には寿命がありません…」
    「……」
    「私は霊剣十六夜…。その煌めく破魔の刃がある限り、私は生き続けます…」
    「……」
    「けれども、いつか耕介様は逝ってしまわれます。どんなに私が願っても、ど
    んなに私が力を振るおうとも、それは避けられません」
    「……」
    「私はそれが恐ろしいのです! あなたを想い慕う度、あなたを愛してゆく度、
    私の心の中には常に別れの恐怖が付きまといます!」
    「十六夜さん……」

     ああ、なんて事だ。こんな悲しい告白で彼女の気持ちを知るなんて。

    「死は…生前の絆が深ければ深いほど…。付き合いが長ければ長いほど、残さ
    れた者の心を傷付けてゆきます…」
    「……」
    「私は、耕介様に置いてゆかれたら、それこそ気が狂うやも知れません…」
    「十六夜さん…」
    「私は…私はそんなに強くは無いのです…」

     十六夜さんは泣いていた。四百年を生きた彼女。きっと数え切れないほどの
    死別を経験してきたのだろう。それこそ、俺なんかが想像出来ない程の。
     だから、彼女の言葉にはとても重かった。重く俺の心にのし掛かっていた。

    「ああ、耕介様…。こんなに胸を焦がす思いを抱くなら、いっそのこと出逢わ
    なければ…」
    「やめてよ! 十六夜さん!」
     ビクッ、と身を竦める十六夜さん。
     俺は自分でも知らない内に叫んでいた。驚くくらい大きな声で。

    「お願いだから、そんな悲しいこと言わないでよ、十六夜さん…」
    「耕介様…でも、でも私は……」
     光を映すことない哀しい色した瞳が、流す涙で更に哀しく染まっている。
     その濡れた輝きは切なく俺の胸を締め付ける。
     耕介! 自分の惚れた女が泣いているんだぞ! しっかりしろ! 男だろ!!

    「十六夜さん!」
     俺は彼女を抱きしめた。
     一瞬、身を強ばらせる十六夜さんだったが、すぐに緊張を解き、俺の腕の中
    へ身体を預けてきた。
     細い身体だ。四百年生きたとは思えない、小さく細い身体。
     今、その身体が悲しみに包まれている。
     俺が出来ることはなんだ? どうすれば彼女を安心させてやれる? どうす
    れば彼女の笑顔を取り戻すことが出来る?
     判らない――でも!

    「十六夜さん…。俺、あんまり頭良くないから、こんな時、なんて言えばいい
    のか判らない。だから、自分が思っている事を言うね」
    「……」
    「大丈夫、俺は死なない。あなたを、こんなに愛しい人を置いて逝ける訳ない
    じゃないか…」
    「耕介様…」
    「十六夜さん、俺はね、こう考えているんだ。『肉体の死は本当の死じゃない』
    ってね…」
    「……」
    「例え身体は滅んでも、誰かがその人を覚えていてくれれば、死んだ人間はそ
    の人の心の中で生き続ける…」
    「……」
    「だから十六夜さん…。俺の事を決して忘れないでくれ。心の隅でいいから、
    俺という人間がいたって事を覚えていてくれ。時々でいいから俺と過ごした時
    間を思い出してくれ」
    「……」
    「そうすれば、俺は十六夜さんの思い出の中で永遠に生き続ける…。あなたに
    寂しい思いはさせなくなる」
    「耕介…様…。私は……」
     俺から少し離れ、俺の顔を見ながら、なにかを言おうとする十六夜さん。
     しかし、俺は右手の人差し指を彼女の唇に当て、それを制する。
    「ね、約束だよ、十六夜さん…」
     十六夜さんの瞳が潤みだす。

    「私は耕介様との間に子を成すことが出来ません。私を愛すると言うことは、
    人として間違った生き方なのかもしれませんよ?」
    「それだけが人の生き方じゃありませんよ」
     彼女の目から止めどもなく涙が溢れ、頬を伝って落ちてゆく。

    「私でも…。私のような女でも、本当によろしいのですか?」
    「十六夜さんじゃないと駄目なんです」
    「ああ! 耕介様!!」
     十六夜さんは、溢れた涙を拭いもせず俺に抱きついてきた。
    「判りました! 私はずっと忘れません! あなた様の身体も、声も、吐息も、
    そして温もりも優しさも永遠に覚えております。心に刻んで生きてゆきます!」



     海の見える公園にて、俺達は抱きあっていた――。
     早春の、とある日。潮風と海鳥達に祝福されながら――。
     ずっと、ずっと――。
     力一杯――。
引用返信/返信
■14 / ResNo.6)  ぼけぼけシンドローム【とらいあんぐるハート】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:11:17)
                 1.替え歌メドレー

     試験が終了したその日、俺達は打ち上げということでカラオケ屋に来ていた。
     面子は、俺、大輔、唯子、小鳥、いづみ、そして、ななかちゃんと千堂先輩
    の計7人だ。
     でも案内された部屋は、どう見積もっても5人が限界の部屋だった。

     取り敢えず、空いている場所に次々と座っていくみんな。

     5人部屋の中に7人。詰めれば6人はいけそうだ。
     しかし、それでも1人は立っていることになる。

     …で、その立ち役は、いづみの提案で歌っている人がやることになった。

     全員が席に着いた。
     だが、一番最後に入った俺には当然の如く座る場所がない。
     このまま一番手で歌ってもいいが、取り敢えず一息くらいは付きたい。

     さて、俺は何処へ座ろうか…と思いあぐねていると、みんなにおしぼりを配
    っている小鳥に目が行った。

    「小鳥、ちょっと場所変わってくれるか?」
    「え? うん、いいよ」

     ひょいと立ち上がる小鳥。
     俺は「サンキュ」と彼女の座っていた場所に腰を下ろす。
     そして足をピタリと閉じ、小鳥を呼んだ。

    「小鳥、カモン」

     こうすれば俺の上に小鳥が座ることが出来る、その結果全員座れるし、幾ら
    かスペースも取れる。
     うむ、我ながらナイスアイデアだ。
     しかし、小鳥は俺の思惑とは別の行動を取り始めた。

    「えっと…」

     選曲用のリモコン片手に、カラオケのナンバーが書かれている冊子をめくる
    小鳥。

    「小鳥? なにやってんの?」

     俺の問いを、彼女は不思議そうな顔で返した。

    「え? だって真くん、今、カモンって言ったから、嘉門達夫の《替え歌メド
    レー》のナンバーを捜してるんだけど……」

     おいおい、カモンの意味が違うって……。





                 2.替え歌メドレー2

     試験が終了したその日、俺達は打ち上げということでカラオケ屋に来ていた。
     面子は、俺、大輔、唯子、小鳥、いづみ、そして、ななかちゃんと千堂先輩
    の計7人だ。
     でも案内された部屋は、どう見積もっても5人が限界の部屋だった。

     取り敢えず、空いている場所に次々と座っていくみんな。

     5人部屋の中に7人。詰めれば6人はいけそうだ。
     しかし、それでも1人は立っていることになる。

     …で、その立ち役は、いづみの提案で歌っている人がやることになった。

     全員が席に着いた。
     だが、一番最後に入った俺には当然の如く座る場所がない。
     このまま一番手で歌ってもいいが、取り敢えず一息くらいは付きたい。

     さて、俺は何処へ座ろうか…と思いあぐねていると、みんなにおしぼりを配
    っている小鳥に目が行った。

    「小鳥、ちょっと場所変わってくれるか?」
    「え? うん、いいよ」

     ひょいと立ち上がる小鳥。
     俺は「サンキュ」と彼女の座っていた場所に腰を下ろす。
     そして足をピタリと閉じ、小鳥を呼んだ。

    「小鳥、カモン」

     こうすれば俺の上に小鳥が座ることが出来る、その結果全員座れるし、幾ら
    かスペースも取れる。
     うむ、我ながらナイスアイデアだ。
     しかし、小鳥は俺の思惑とは別の行動を取り始めた。

    「えっと…」

     選曲用のリモコン片手に、カラオケのナンバーが書かれている冊子をめくる
    小鳥。

    「小鳥? なにやってんの?」

     俺の問いを、彼女は不思議そうな顔で返した。

    「え? だって真くん、今、カモンって言ったから、嘉門達夫の《替え歌メド
    レー》のナンバーを捜してるんだけど……」
    「いや、小鳥、そうじゃなくてな…」
    「あ、判った! 《替え歌メドレー2》の方だね!」
    「違うって! そういう意味じゃなくてな」
    「う〜んと…じゃあ《行け! 行け! 川口弘!!》? …それとも《ヤンキ
    ーの兄ちゃんのうた》?」

     なんでやねん!





                 3.ka○on

     試験が終了したその日、俺達は打ち上げということでカラオケ屋に来ていた。
     面子は、俺、大輔、唯子、小鳥、いづみ、そして、ななかちゃんと千堂先輩
    の計7人だ。
     でも案内された部屋は、どう見積もっても5人が限界の部屋だった。

     取り敢えず、空いている場所に次々と座っていくみんな。

     5人部屋の中に7人。詰めれば6人はいけそうだ。
     しかし、それでも1人は立っていることになる。

     …で、その立ち役は、いづみの提案で歌っている人がやることになった。

     全員が席に着いた。
     だが、一番最後に入った俺には当然の如く座る場所がない。
     このまま一番手で歌ってもいいが、取り敢えず一息くらいは付きたい。

     さて、俺は何処へ座ろうか…と思いあぐねていると、みんなにおしぼりを配
    っている小鳥に目が行った。

    「小鳥、ちょっと場所変わってくれるか?」
    「え? うん、いいよ」

     ひょいと立ち上がる小鳥。
     俺は「サンキュ」と彼女の座っていた場所に腰を下ろす。
     そして足をピタリと閉じ、小鳥を呼んだ。

    「小鳥、カモン」

     こうすれば俺の上に小鳥が座ることが出来る、その結果全員座れるし、幾ら
    かスペースも取れる。
     うむ、我ながらナイスアイデアだ。
     しかし、小鳥は俺の思惑とは別の行動を取り始めた。

    「えっと…」

     ゴソゴソと自分の鞄を漁る小鳥。
     やがて、彼女は鞄の中からCDケース程の大きさの箱を取り出し、俺に差し
    出す。

    「はい、真くん」

     それは、いわゆるアレだ。
     世紀末の日本に、《鍵っ子》ってオタクを大量に生み出したアレだ。

    「小鳥、これはさすがに苦しいんでないかい?」
    「そ、そうかな…」

     大体、何故にお前が18禁のPCゲーを持っている!?

    「ふふふ、ノノムラはなんでも持っているのさ!」

     さいで…。

引用返信/返信

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■1 / 親記事)  Leaf・AQUAPLUS
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/05(Tue) 06:42:03)
    Leaf・AQUAPLUS系作品の非公式・未公認テキストです。






引用返信/返信

▽[全レス6件(ResNo.1-6 表示)]
■2 / ResNo.1)  可愛いフリして あの娘 わりと闘(や)るもんだね と【To Heart】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/05(Tue) 06:43:14)
     朝の澄んだ風を頬に感じながら、学校へと続く通学路をあかりと一緒に歩く。

    「ねぇ、浩之ちゃん。…ゴハン、ちゃんと食べてる?」
     ふと、俺の顔を上目遣いに覗き込みながら、あかりがそんな事を訊いてきた。
    「あ? …ああ、ちゃんと食ってるよ。心配すんなって」
     俺は笑いながら、あかりの頭をクシャクシャに撫でつける。
    「あん、ひ、浩之ちゃん…」
     あかりは困った顔をしながらも、嬉しそうに笑った。

    「…でも、どうしてそんな事訊くんだ?」
     今度は、俺が横目であかりに訊く。
     あかりは乱れた髪を直しながら、
    「もし良かったら、また私が…ゴハン…作りに行ってあげようかな〜…って」
     と少し俯き、ゴニョゴニョと小声で言った。

     正直言ってあかりは料理が上手い。この前作ってくれたビーフシチューなん
    て、まるで三ツ星レストランのシェフが作ったみたいに旨かった。
     …って、そんな事言っても、三ツ星レストランなんかで食った事無いけどな。

    「なんだよ、お披露目したい新しいレパートリーでも増えたのか?」
     あかりの頭を指で軽く小突くと、この犬チックな幼なじみは、顔を上げて目
    をキラキラと輝かせた。

    「うん! あのね、滅殺豪螺旋って言って、竜巻斬空脚をスーパーアーツに昇
    華させた技なんだけど…」

     おいおい、なんのレパートリーだよ。そりゃ…。

引用返信/返信
■3 / ResNo.2)  ほぁっちゃねぇぃむ?【雫】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/05(Tue) 06:43:58)
     つまらない…。

     また、つまらない一日が始まった…。

     空はとても良く晴れていたが、僕の心には鉛色した雲が厚く垂れ込めていた。
     この透き通った晴天に感動を覚えるどころか、鬱陶しさを感じる程に…。



     教室では朝のホームルームが始まっていた。

     僕は、教壇の上で話す担任の声を何処か遠くに聞きながら、カチカチとシャ
    ーペンをノックしていく。

     つまらない教師、つまらない授業、つまらない級友、そして、つまらない日
    常…。
     かく言う僕も、そんなつまらない世界の住人の一人だ。
     色も味もない世界。夢を見ているような、妙に現実感の薄れた世界。

     だから僕は旅に出る。
     こんな、虚ろで無機質な現実世界よりも、濃密な刺激溢れる妄想世界へ。
     それは、例えるなら湯煎したチョコレートの様な、鈍くうねった世界。
     ねっとりとした甘さと痛みが満ちた場所――。

     僕の魂は、サイケデリックな色彩のトンネルを滑り落ちて行こうとした――
    が、
    「…それじゃあ、え〜長瀬」
     不意に教師に呼ばれ、僕の意識は現実世界へ留まる。

     これから楽しいバッド・トリップの世界へダイブする筈だったのに…。

     僕は微かに不満の色を声に含ませながら「何です?」と尋ねた。
     担任はコホンと咳払いを一つすると、真面目な顔でこう訊いた。

    「お前、生まれたときの名前を知っているか?」





     ……はい!?





    「生まれたときの名前だ。何だ? 知らないのか?」
     僕がキョトンとしていると、先生は「ふぅ」と溜息を吐いた。

     ちょ、ちょっと待って!
     生まれたときの名前って…何?
     僕は生まれてからずっと長瀬祐介だったけど……。
     昔、武家の子供が付けていた幼名ってヤツ? 竹千代とか梵天丸とか…。
     え〜? ウチにそんな風習あったっけな〜。
     確かにウチの親戚は少し変わったところがあるけど、そんな話聞いた事ない
    しな〜。

    「先生、僕は生まれてからずっと長瀬祐介ですけど……」

     だから、僕はありのままを答えた。
     そしたら、教室の空気が止まった。
     いや、空気だけじゃなく時間すら止まった様な感じだ。





     ぶあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!





     突如、教室が爆笑の渦に包まれる。

    「あはははっ! 長瀬君サイコー!」
     え?
    「ひぃっひっひっひっ! やってくれたぜ長瀬! 新手のギャグか?」
     え? え?

     何? 何? 何なの!?
     訳も分からずオロオロしている僕を見て、担任の先生が苦笑いする。
    「あのな、長瀬。先生が訊いたのは、この前生まれた朱鷺(トキ)の名前だ。
    お前の事じゃない」

     いや〜ん! まいっちんぐっ!!

引用返信/返信
■4 / ResNo.3)  トッカータとフーガ ニ短調【To Heart】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/05(Tue) 06:45:00)
     研究所の廊下でマルチと逢った。

    「長瀬主任、お誕生日おめでとうございます!」

     向日葵のような笑みを浮かべて、赤いリボンで結わえられた大きな包みを、
    マルチは私に差し出した。

    「おお、マルチ。ありがとう、私の誕生日を覚えてくれていたんだね」
    「はい!」

     私はマルチの背丈に合わせて身を屈ませ、彼女から包みを受け取る。

    「開けても…いいかな?」
    「はい!」

     大きく頷くマルチ。
     私は屈んだ姿勢のまま、包みを縛っている赤いリボンをしゅるしゅると解い
    ていく。
     包みの中から、はらりと暖かい色をした柔らかなマフラーがこぼれ出た。

    「あの、一応手編みなんです…。神岸あかりさんって方に教わって…。でも…
    その、ちょっとおかしいところとか…あるんですけど……」

     俯き、照れくさそうにモジモジしているマルチ。
     なるほど。マフラーには彼女の言う通り、少し解れている所が数ヶ所あった。
     思わず苦笑いがこぼれる。
     しかしその事には触れず、私はマフラーを首に巻くと彼女の頭を撫でてやっ
    た。

    「ありがとう…。うん、とっても暖かい。大切にするよ、マルチ」
    「は、はいっ! 私も…私も喜んでもらえて嬉しいです!」

     うんうん、マルチは素直で可愛いな。





     マルチと別れた後、同じ廊下で今度はセリオと逢った。

    「長瀬主任、誕生日…おめでとうございます」

     はにかみながら、セリオが可愛らしい舗装紙にくるまれた大きな箱を私に差
    し出した。

    「おお、セリオ。ありがとう、私の誕生日を覚えてくれていたんだね」
    「はい…」

     頬を赤らめて私から視線を逸らすセリオ。

     む、むぅ…ちょっと色っぽいな…。

     セリオの仕草に年甲斐もなく照れながら、彼女から包みを受け取る。

    「あ、開けてもいいかな?」

     そう訊く声すら上擦っていた。

     どうした源五郎? セリオはお前の娘みたいなもんだろう。

    「あ、いえ…その、出来れば…お一人の時に…」

     品を作り、うなじを見せながら言葉に詰まるセリオ。

     ぬぉぉぉぉっ!! いつの間にそんな男殺しの仕草をっ!!
     お父さんは! お父さんはそんな風にお前を育てていないぞ!!

    「は、恥ずかしい…」

     セリオは両手を頬に添え、俯きながらその場から走り去る。

    「あ! セ、セリオ!」

     私はセリオを呼び止めたが、その時、既に彼女は廊下の角を曲がっていた。
     一人残された廊下に、セリオの走り去る足音が物悲しく響いていく。

     しかし、さっきのセリオ…あー、その…色っぽかったな…。まー、何だな、
    娘の成長には驚かされるな、お父さんは…。
     …おっと、そんな風にオヤジ臭く関心してても仕方ない。
     どれ、セリオは何をくれたんだろう…。

     私は丁寧に舗装紙をはがしていき、くるまれていた箱を取り出すと、静かに
    蓋を開けた。

    「…ん? 何だ?」

     箱の中には一枚の紙切れが入っており、それにはこう書かれていた。





    『はずれ』





     ♪ちゃらり〜 ちゃらりらり〜ら ちゃらり〜 ちゃ〜ら〜り〜ら〜♪





                   ☆ ☆ ☆





    「…で、あなたはどう思います?」
    「は?」
    「ロボットにブラックユーモアの機能って必要あるのか、ないのか」
    「さ、さぁ?」

引用返信/返信
■5 / ResNo.4)  ぼくの痕(きずあと)をまもって【痕】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/05(Tue) 06:46:17)
     朝――。

    「楓、今晩何食べたい?」

     制服を着込み、鞄を手にした楓が台所の横を通り抜けようとした時、中から
    食器を洗う音に混じって、そんな梓の声が聞こえた。
     楓は暫くその場に立ち止まって考え込んだ後、
    「…おでん……」
     と答えた。





                 ぼくの痕をまもって





     木枯らしと呼ぶには少し早いが、それでも寒さを増した風が隆山温泉に吹き
    始めた11月のある日。
     楓は初冬の日差しを背に受け、両手で鞄を持ちながら見慣れた通学路を歩く。

     吐く息が白い。
     この分だと、来週にはもうコートとマフラーを出さないと寒いかも知れない。
     自分と同じ制服を着た生徒達の流れに身を置きながら、そんな事をボンヤリ
    と考えていた時、ふと、先程二番目の姉が口にした言葉がよぎった。

    『楓、今晩何食べたい?』

     今日は楓にとって特別な日だった。また一つ、歳を刻んだ日。
     つまり、それは梓なりのお祝いの言葉――。
     言い方が梓姉さんらしい――と、楓の顔が綻ぶ。

     ――お父さん、お母さん、叔父さん。あれから楓は、また一つだけ大人にな
    りました。

     歩きながら天を仰いで、今は亡き父母と叔父に報告する。
     透き通った青い空には、儚い霧のような雲。
     楓の目には、その雲が三人の顔に見えた。

     ――おめでとう。
     ――楓、おめでとう。
     ――おめでとう、楓ちゃん。

     スカイブルーのキャンバスに浮かんだ三つの顔は、優しい笑顔で祝福してく
    れた。





                  ・ ・ ・





    「さよーならー…」
    「バイバイ、まったねぇー…」

     最終下校時刻を告げるチャイムの中に、生徒達の別れの挨拶が混じってゆく。
     校門を出て、各々の方向へ散って行く生徒達――。
     そして、その中には小走りで家路を急ぐ楓の姿もあった。

     放課後、担任の教師に頼まれた仕事がかなりもたついてしまった為、彼女は
    帰る時間がすっかり遅くなっていた。

     既に辺りの風景は茜色に染まり、遠く東の空には星が瞬き始めていた。
     吹く風は朝のそれより寒さを増し、楓の顔をピリピリと撫でる。

     ――寒い……。

     思わず立ち止まり、自分の身体を抱きしめる楓。
     そんな彼女を虐めるように、更に風が強く吹いた。
    「……」
     その時、何故自分でもそうしたか判らないが、楓は髪を押さえながら、吹き
    抜けた冷たい風の後ろ姿を目で追った。

     それは、隆山温泉を囲む山の一つへ向かって流れて、消えた。

    「…あ……」
     その山を視界に収めた時、楓の目が哀しげに細められる。

     彼女の視線の先にあるのは、秋の色彩で染められた小さな山。
     見事なまでの赤や黄色で彩られたその山は、西日の輝きを受けて紅葉の美し
    さをより際だたせている。

    「……」
     楓の瞳が潤んだ。

     秋の化粧で見る者を楽しませてくれるその山の頂きには、五百年前の自分が
    今もひっそり眠っていた。



    『次郎衛門は、エディフェルの遺体をあの山に埋めたんだ』

     前に耕一がそう話してくれた。丁度、こんな綺麗な紅葉の時だった。
     その後、彼は楓をその場所へ案内してくれた。
     滅多に人の入らぬ山頂の一角、椛(もみじ)の樹に囲まれた場所に、小さな
    岩の墓標が一つ、寂しげに置かれていた。
     それを見た瞬間、楓の中に郷愁にも似た甘哀しい感情が渦を巻く。
     悲しみや切なさが彼女の目から涙となって溢れ、楓は大声で泣いた。
     はらはらと風に舞い散る赤い葉の中で、耕一に抱きつき、彼の服をきつく握
    り締め、ただ幼子の様に泣き続ける楓。
     そんな激しい慟哭を繰り返す楓を、耕一は優しく抱きしめ、慰めた。



    「耕一さん……」
     愛しい人の名を呟く。
     恋慕の情に胸が締め付けられる。
    「逢いたい……」
     焦がれる想いを口にする。
     狂おしい程に愛しさが膨れ、逢えないもどかしさがそれを抑え付ける。
     楓の目尻から、ひとしずくの珠がこぼれた。





                  ・ ・ ・





    「ただいま…」

     自宅に着いたのは、すっかり日も落ち、辺りが藍色に包まれた頃だった。

     玄関の引き戸を明け、中に入った楓の足が止まった。

     家の中は全ての電気が消され、寒い程にシンと静まり返っていた。

    「ただいま…」
     もう一度、自分が帰ってきた事を告げてみる――が、返事はない。

     ――みんなに何かあったんじゃ……。

     嫌な予感が楓の胸に去来する。

     急いで靴を脱ぎ、それを直すことも無く廊下を駆けてゆく。
    「千鶴姉さん! 梓姉さん! 初音!」
     二人の姉と一人の妹の名を呼ぶが、答は帰ってこない。
     自分の発した声は闇に吸い込まれ消える。
     親とはぐれた迷子のように、肉親の姿を探し求める楓。

    「みんな! 何処にいるの! 返事をして!」
     と半泣き状態で居間の襖を開けたその時、突如けたたましい破裂音が何度か
    鳴り響いた。
     次いで焦臭い匂いが漂い、そして居間に明かりが灯された。

     居間の中には、千鶴、梓、初音、そして耕一が今し方使ったばかりのクラッ
    カーを手に微笑んでいた。
     四人は狐につままれた様な顔で、キョトンとしている楓に向かって、
    「誕生日おめでとう!」
     と声を揃えて言う。

    「いや〜、耕一がさ、『どうせなら脅かしてやろうぜ』って言うもんだから…」
     梓が悪びれた様子もなく、頭を掻きながら笑う。
    「楓、お誕生日おめでとう」
     千鶴が優しく微笑みかける。
    「楓お姉ちゃん! おめでとう! これ、私達三人から…」
     初音が可愛い赤いリボンで包まれた小箱を手渡す。
    「楓ちゃん…」
    「耕一さん…? どうして…」
     いまだ状況を把握していない楓に、耕一は屈託のない笑みを見せながら花束
    を差し出す。
    「誕生日おめでとう……」
    「耕一…さ…ん……」
     耕一の手から花束を受け取った時、楓は感極まったという感じで、思わず泣
    き出してしまった。
    「か、楓ちゃん!? ど、どうしたの!?」
     突然の楓の涙にオタオタする耕一。

    「あーあ、耕一が泣かしちゃった」
     梓がすかさず冷やかす。
    「な! お、俺はそんなつもりじゃ!」
     慌てて取り繕う耕一。
     そんな二人のやり取りを、苦笑しながら見ている千鶴と初音。
    「ご、ごめん楓ちゃん! ほんの悪戯心で、その……。悪い! 謝る! だか
    ら、その……頼むから泣かないでくれよ〜。ほ、ほら、楓ちゃんのリクエスト
    したおでんもあるからさ…」
    「作ったのは私だけどな…」
     見れば、居間のテーブルの上には大きなバースデー・ケーキと大きな鍋に入
    った熱々のおでんが二つ。
     そのあまりに懸け離れたカップリングに、鼻を啜りながら「ぷっ」と吹き出
    す楓。
    「あ、良かった〜、やっと笑ってくれたよ〜」
    「そりゃ、こんなミスマッチな献立、誰が見ても笑うさ、な、楓」
    「でも、私は好きだけど。こういうの……」
    「千鶴お姉ちゃん…それ、少しヘンだよぉ〜」
     そして、みんな一緒に笑い出す。
     明るく暖かい空気が満ちてゆく。

     ――ありがとう、千鶴姉さん、梓姉さん、初音…。ありがとう、耕一さん…。

     楓は心の中でみんなに感謝した。

     その日の柏木家は、夜遅くまで笑い声が絶えなかった。





                  ・ ・ ・





     ふと――。
     遠くから聞こえる虫の音に耳をくすぐられ、エディフェルは目を覚ました。
     すぐ横には、次郎衛門が安らかな寝息を立てている。
     自分は彼の腕を枕にした格好で横になっていた。

     ここは二人だけの秘密の山小屋――。
     人とエルクゥ――そのどちらにも属す事が許されない二人の安住の地――。

     次郎衛門を起こさぬよう、そっと彼の腕枕から起き上がり、小屋の扉を開け
    て外に出るエディフェル。
     空を見てみる。
     そこには満天に散りばめられた星々と、綺麗な真円を描いた満月があった。
     月の位置から、まだ夜明けには遠い時刻であるのが判る。

     季節は秋――。

     紅葉に包まれた小屋の周りの木々が、仄かな月明かりに照らされ、柔らかく
    輝いていた。
     それらの下生えの中から、虫達の澄んだ音色が流れてくる。

     とても安らかでとても落ち着いた時間――。
     なのに、何故だかとても切ない。彼女の目尻から涙がこぼれ頬を伝う。
     いや、涙を流す理由は判っていた。夢を見ていたからだ。
     次郎衛門の腕に抱かれて眠っている時、エディフェルは夢を見ていた。
     とても、幸せな夢を――。

     幸せな夢から醒めるというのは、とても悲しく、そして空しい――。
     夢の中が幸せであればある程、夢が夢として知覚出来なければ出来ない程、
    目が醒めた時の気分は沈む。

     だから、人は、いやエルクゥも夢を見続けるのかも知れない。
     常に、幸せを求めて――。
     そう、置かれている現実が辛い分、せめて夢の中でくらいは――。

     頬に涙を感じながら、そんな事をエディフェルは考えた。

     その時不意に、
    「エディフェル…」
     と眠っていた筈の次郎衛門に背後から抱かれた。
    「次郎衛門……」
     エディフェルは力を抜き、彼の胸に寄りかかる。
    「何を泣いているんだ?」
     次郎衛門の無骨な指が、エディフェルの木目細やかな頬を流れる涙を拭い取
    った。
    「夢を…見ていたの……」
    「…夢?」
     コクリと頷くエディフェル。
    「何処か遠くの世界で楽しそうに暮らしている私達の夢……」
    「……」
    「そこには私とあなたがいて、そして、リズエル姉さんやアズエル姉さん、そ
    してリネットも一緒に暮らしているの……」
    「…エディフェル……」
    「そして、私が生まれた日にみんなでお祝いしてくれるの…おめでとうって…」
    「エディフェル!」
     次郎衛門は、彼女の細い身体をきつく抱きしめた。
     瞳を閉じ、身体を震わすエディフェル。
     その閉じた瞼から、幾つもの真珠の様な涙がこぼれて落ちる。
    「大丈夫だ…。きっと、きっとみんな判ってくれる…。いつか、みんなで一緒
    に暮らせる日が来る…」
    「次郎衛門……。そうね、いつかみんな判ってくれるわよね……」



     ――そう、いつかきっと……。



     晩秋の月明かりの下、虫達の合奏が流れる中で、二人はいつまでも抱き合っ
    ていた。
     そんな世界が来ることを願いながら――。

引用返信/返信
■6 / ResNo.5)  スフィー武装化現象【まじかる☆アンティーク】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/06(Wed) 07:06:52)
     そいつに触れることは死を意味するッ!!



     季節は梅雨――。
     しとしと音もなく降る煩わしい雨の中、カタツムリ達が紫陽花の上で遊ぶ時
    期がやって来た。
     否応なしに上がる湿度。お世辞にも心地よいとは言えないシーズンの到来だ。
     しかし、この時期があるからこそ夏の清々しさが引き立つのも事実。
     そして、この時期がなければまた、日本人は秋に新米を食べることも出来な
    いのである。

     梅雨時と言えば長雨の他にもう一つ、忘れてはいけない存在がある。
     薄暗くジメジメした所を好む、害虫と人々に忌み嫌われる来訪者の事を――。



                『スフィー武装化現象』

             “スフィー☆アームド・フェノメノン”



     6月の小雨煙る、とある日の午後。
     その日は丁度《五月雨屋》の定休日で、店は朝から閉まっていた。
     本来ならば、五月雨堂店主代行である宮田健太郎と、その店の居候兼自称看
    板娘のスフィーは店頭に並べる骨董品の買い出しに行く日なのだが、生憎の空
    模様のため、仕入れ拠点であるフリーマーケットも骨董市も休みであった。
     更に、月に一度の骨董祭の日でもなかったので、二人は仕方なく朝から家の
    中でゴロゴロしていた。

     昼食後、健太郎は商店街の寄り合いがあるということで、出かけていった。
     そんな訳で、今、スフィーは広い家に一人――。
     しかし、彼女は特になにをするでもなく、居間で漫画を読んだり、スナック
    菓子を囓ったりと、実に怠惰な時間を過ごしていた。

     ふと、時計を見るスフィー。
     いつの間にか、時計の針は5時前を指していた。

     彼女は、健太郎に夕食の準備をしておくよう頼まれていたのを思い出した。
     そろそろいい時間だ。
     読みかけの漫画を裏返しにして床の上に置くと、スフィーはキッチンへ向か
    った。



                   ☆ ☆ ☆

     トントントン――。
     スフィーが包丁を振るう度、まな板が軽快なリズムを奏でる。
     その脇のガスコンロでは、中火にかけられた鍋が小さくグツグツ煮立ち始め
    ていた。
     換気扇のBGMに合わせて、スフィーは鼻歌を口ずさむ。

     最初の頃はかなり手際が悪かったスフィーも、今では段取り良く料理の準備
    をこなすようになっていた。
     彼女自身の努力の結果だ。
     それと比例して料理の腕前が上がったのも、また事実だった。

     その時、不意にスフィーの鼻歌が止んだ。
     同時に彼女の肌が粟立つ。
     ぞくり――。
     確かな嫌悪感が背筋を駆け上り、顔を不快感に歪める。

     カサカサ。
     そんな音が、キッチンにあるテーブルからした。

     今、彼女の感覚は、この場にいる自分以外の存在を敏感に感じとっていた。
     まるで、異物の侵入を察知した免疫細胞のように――。
     恐る恐るテーブルを見遣るスフィー。
     そして、その双眸が驚きに見開かれた。

     テーブルの上に広げられた食材の上に、それはいた。
     大きさにして10cm程の黒光りする平べったい身体。
     飛び出た二本の触覚に六本の足。
     それ――即ちゴキブリは、食材を舐めるようにゆっくりと移動していた。
     
     スフィーはゴキブリが大嫌いだった。

     ドックン。
     スフィーの心臓が一回跳ねた。
     その手から包丁がこぼれ落ち、床に突き刺さる。

     ドックン…ドックン…ドクン…ドクン…ドク…ドク…ドクドクドクドク……。

     鼓動は、やがて激しいビートを刻み始めた。
     スフィーの身体は激しい緊張状態になっていた。
     アドレナリンの過剰分泌――それは、スフィーの隠された能力を発現させる
    起爆剤となる。
     一般には知られていない、いや、共に暮らしている健太郎すら知らない、い
    わゆる【スフィーLV5】、スフィー武装化現象(スフィー☆アームド・フェ
    ノメノン)のッ!

     ウォォォォォォォォォォォォォォォォォムッ!!

     スフィーの口から、獣のような雄叫びッ!
     彼女のトレードマークである、一本の飛び出た頭髪が瞬時に硬質化するッ!



     スフィー☆リスキニハーデンセイバー・フェノメノンッ!!



     スフィーは床を蹴り、テーブルに向かって跳躍すると、お辞儀の要領で頭の
    先から伸びたセイバーでゴキブリを斬りつけるッ!
     弧光一閃ッ!!
     ゴキブリはテーブルごと真っ二つにされた。

     両断された黒い害虫と共に、テーブルの上に置いてあった物がボトボトと床
    に落ちていく。
     忌むべき来訪者は葬り去った――がッ! スフィーは未だ武装化現象を解い
    ていないッ!

     突然、険しい顔で背後を振り返り、天井を仰ぎ見るスフィー。
     すると、そこにも一匹のゴキブリの姿がッ!

     ザワッ!

     スフィーの髪が、まるで静電気を浴びたかのように逆立ったッ!



     スフィー☆シューティング・ビースス・スティンガー・フェノメノンッ!!



     逆立った髪の何本かが物凄い速さで飛び出し、それらは鋭利な針になって天
    井に張り付いていたゴキブリを串刺しにするッ!
     スフィーの髪により天井で標本状態となったゴキブリは、その恐るべき生命
    力で暫く藻掻いていたが、やがて事切れた。

     二匹のゴキブリを一瞬のうちに始末したスフィー。
     だが、安心は出来ないッ!
     ヤツらの凄いところは生命力と繁殖力ッ!
     一匹を見つけたら、その家には二十匹のゴキブリがいると言っても過言では
    ないッ!
     そして、武装化現象によって研ぎ澄まされたスフィーの超感覚は、確かに他
    のゴキブリ達の“匂い”を捉えていたッ!
     スフィーは、その“匂い”が大嫌いだったッ!
     スフィーは思ったッ!

     コイツらの“匂い”を止めてやるッ!!

     と。

     ウォォォォォォォォォォォォォォォォォムッ!!

     咆吼ッ!
     スフィーの身体から迸る紫電ッ!

     バルバルバルバルバルバルバルバルバルッ!!

     紫電は次第にその数を増やしていき、やがて膨らまし過ぎた風船のように弾
    け飛んだッ!



     スフィー☆ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノンッ!!



     彼女の身体から放たれた超高電圧の電撃が、キッチンを縦横無尽に疾るッ!
     電気の刃は、冷蔵庫の裏、食器棚の裏に隠れていたヤツらを焼き払い、流し
    台にある三角コーナーの中や排水管側にいたヤツらを焼き払い、ついでに、ガ
    スコンロへ繋がっているビニールチューブも焼き切ったッ!
     ガスを供給している、あのチューブだッ!



                   ☆ ☆ ☆

     物凄い爆音が商店街全域を揺るがした。
     もうもうと骨董品屋から立ち上る噴煙。
     わらわらと骨董品屋へ集まってくる人達。

     スフィーの電撃によって焼き切られたガスチューブから漏れた可燃性のガス
    が、これまたスフィーの電撃によって引火したのである。

     誰かが通報したのだろう。遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。
     そんな中、再び骨董品屋が爆発した。



     その日の五月雨堂爆発事故は、大きさの割に死傷者は無く、他の家屋への延
    焼も無かった為、ローカル新聞誌の一面を賑わせたが、結局、その中に《ドレ
    ス》という組織の名前が出ることは無かった。



     ――ま、当然だが。
引用返信/返信
■11 / ResNo.6)  初音のおねしょ!!【痕】
□投稿者/ 脳味噌ド腐れキモオタ管理人 -(2024/11/10(Sun) 19:01:44)
    『ようこそ、トワイライトシアターへ…。ここは、この世とあの世との境界線
    に建つ映画館…。今宵は、皆様に格別の恐怖を味わっていただきます…。皆様、
    御覧になっている最中、悪霊に取り憑かれないようにご注意下さい…フフフ…』

     お盆の時期には地獄の釜の蓋が開き、あちら側の者達がこちら側に溢れると
    言う。
     そのせいかどうかは知らないが、とかくこのシーズンは怪奇特集の番組が目
    白押しである。

     現在、九時を少し回った時間。
     ここ、柏木家の居間では、初音がテレビにかじり付いていた。
     画面に映っているのは、読者から寄せられた奇妙な体験談をオムニバスドラ
    マ仕立てにした怪奇番組。
     それを初音は、険しい顔付きでクッションを抱きしめながら見入っていた。

     部屋には彼女以外誰もいなく、蛍光灯の明かりの下、テレビから流れてくる
    音声が開けっ放しの戸から中庭へ抜ける。
     部屋の隅で焚かれた蚊取り線香の煙の匂いと、外から聞こえる虫の涼やかな
    音色がより一層の舞台効果となって、初音の恐怖心をチロチロと刺激する。

    『…その時いきなり照明が落ち、私以外誰もいないはずなのに、何故か耳元に
    生暖かい吐息が……』

     画面の物語は、丁度盛り上がりを見せ始めていた。
     ぐびり、と初音の喉が鳴り、クッションを抱きしめる腕に力が込められる。
     その時異変が起きた。
     まるで、画面のドラマとシンクロするかのように居間の照明が落ちたかと思
    うと、初音の耳元に生暖かい吐息が掛けられたのだ。

     ――えっ!?

    『そして、恐る恐るそちらを見遣ると、そこにはっ!!』

     ゆっくりと、息のした方に頭を動かす初音。するとそこには、ボンヤリと浮
    かび上がる、おかっぱ少女の生首が――。

    「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

     座ったままの姿勢で、大きく後ろへ飛び退く初音。

    「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ! オ、オバケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

     しかし、そのおかっぱ少女の生首は襲ってくるわけでもなく、ただジッと初
    音の方を見ていた。
     そこで初音は、その少女の顔に見覚えがあることに気付いた。

    「…って、あれ? 楓…お姉ちゃん?」

     彼女の問いに答えるかのように、居間に明かりが戻る。
     生首の正体は楓だった。

    「お、脅かさないでよ〜、もう!」

     頬を膨らまし、楓の悪戯に抗議する初音。

    「そんなに怖いのが嫌なら、こんな番組見なきゃいいのに…」
    「う…」

     姉のもっともな意見に、妹は返す言葉を無くす。

    「そ、それはホラ、怖い物見たさって言うか…」
    「そんなこと言って、夜、トイレ行けなくなってもしらないから」
    「わ、私、そんな子供じゃないもん…」

     初音は強がってみせるが、語尾に行くほどゴニョゴニョと声が小さくなって
    いく。
     そんな妹の言動になにか感じ取る物があったのか、楓はジッと初音の顔を覗
    き込む。

    「……」
    「な、なに?」

     楓は顔の作りがややきつめの為、無言で見つめられるとかなりのプレッシャ
    ーを相手に与える。
     思わず怯む初音。

    「初音…」
    「なに?」
    「ひょっとして、今ので漏らした?」

     ドキン!

    「そ、そそそそそ、そんな事ないもん!!」
    「そう? なんか匂うけど…」

     そう言って、クンクンと初音の匂いを嗅ぐ楓。
     初音の顔が、瞬く内に夕日の様に染まる。

     図星だった。
     初音は先程の出来事で、ほんの少し失禁していた。
     恐るべし、楓の直感と嗅覚。

    「も、漏らしてなんかないもん!! お姉ちゃんの意地悪〜! ふえ〜ん!!」

     真っ赤な顔でベソをかきながら、初音は楓の脇を擦り抜けて居間を飛び出し
    ていった。





     そして、時刻は草木も眠る丑三つ時。
     初音は、自室のベッドでタオルケットにくるまりながら横になっていたが、
    なかなか寝付けずに何度も寝返りを打っていた。

     ――どうしよう、おしっこ…したくなっちゃった…。

     ついてないときは、とことんついてない。
     眠れない初音を尿意が襲う。

     ――やっぱり、あんなテレビ…見るんじゃなかった…。

     先程の楓の言葉が思い起こされる。
     しかし、今更悔やんでも仕方ない。後悔先に立たずという言葉の重みを、ひ
    しひし感じる初音。
     このままベッドの中で頑張っていても、いずれは我慢できなくなる。身体に
    もよろしくない。

     ――よし!

     初音は、意を決してベッドから起き上がった。





     その夜は、やたら風が強かった。
     轟々と唸りを上げ柏木邸に吹き付ける強風に、雨戸はガタガタと鳴り、ガラ
    スは小刻みに震える。
     時折、隙間を吹き抜けていく風が物悲しい音色を奏でていく。
     初音の耳には、それが幽霊達の上げる怨嗟の声に聞こえた。

     ミシリ、ミシリ――。

     暗い廊下の中、初音が一歩、また一歩と歩く度、床が軋んだ音を立てていく。
     その音が、昼間以上に大きく聞こえるのは気のせいか。

     ――怖くない…怖くない…怖くない…。

     心の中で必死に自分に言い聞かせる。
     だが皮肉な事に、言い聞かせれば言い聞かせる程、心臓の鼓動が大きく早く
    なっていく。
     握り締めた拳の中は、冷や汗でびっしょりだ。

     ――うう、やっぱり怖いよ〜…。

     廊下の先に目を凝らしてみる。
     視界に映るのは闇。
     初音はその暗闇の淵から、今にもなにかが這い出てきそうな錯覚を覚えて身
    震いする。
     足が竦んで動かない。しかし、急かすように尿意がこみ上げてくる。

     このままだと廊下で漏らしかねない。
     そう判断した初音は、急遽助っ人を募る事にした。
     一緒にトイレへ行ってくれる心強い勇者を――。





     コンコン、コンコン――。

    「楓お姉ちゃん…起きてる?」

     楓の部屋のドアをノックし、小さな声で呼び掛けてみる。
     しかし、返事がない。

     コンコン、コンコン――。

    「お姉ちゃ〜ん」

     コンコン、コンコン――。

    「起きてよ〜、お願いだから」

     うんともすんとも言ってこない。どうやら完全に眠っているようだ。
     初音は楓を起こすのを諦め、襲い来る尿意を堪えるよう内股で歩き、次の梓
    の部屋へ向かった。

     コンコン、コンコン――。

    「梓お姉ちゃん…起きてる?」

     同じようにドアをノックし呼び掛ける。声は先程のよりも大きかった。

     コンコン、コンコン――。

    「お姉ちゃ〜ん、起きて〜、お願いだから起きてよ〜」

     コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、
    コンコン、コンコン、コンコン――。

     連続的にドアのノックを繰り返す初音。

     ――はうぅっ! も、もう駄目かも…。

     遂に初音の膀胱の限界が訪れようとした正にその時、ドアが軋みながら静か
    に開いていく。

    「ふあぁぁぁぁ…あふぅ、なんだよ初音、こんな時間に…」

     大きな欠伸をし、目元を眠そうに擦りながら梓が姿を現した。
     初音には、そんな梓の顔が天使に見えた。
     だが、ノンビリとしている時間はない。一刻も早く梓に事情を話して、一緒
    にトイレに行ってもらわないと大変な事になる。

    「あ、あのね、梓お姉ちゃん…」
    「あん? なによ?」

     ――うう、機嫌悪い。当たり前だよね、こんな時間に起こされちゃ。

    「じ、実は、一緒におトイレ…行ってほしいんだけど…」
    「はぁ? なんでまた? ガキじゃあるめえし…」
    「そ、それは、そうなんだけど…」

     ――どうしよう、本当の事…言うしかないのかな…。

    「そ、その…あの…つ、つまり…オバケが…」
    「あ? オバケぇ?」

     プッ、と吹き出す梓。

    「なんだよ初音、お前高校生にもなってオバケが怖いのか?」

     顔を恥ずかしそうに染めながら、コクリと頷く初音。

    「あははは、しょうがない奴だな」
    「だって…怖い物は怖いんだもん…」

     初音は、今にも泣きそうな上目遣いで梓を見上げる。
     梓は屈み込んで初音に視線を合わせると、彼女の頭に手を乗せた。

    「初音、私、前にこんな漫画を読んだ事があるんだ。その漫画の主人公は…男
    なんだけどな…小さな頃に事故で両親を亡くし、兄貴と二人っきりで暮らして
    るんだよ」
    「うん…」

    「…ある夜、その男の子が、今の初音みたいにオバケが怖くてトイレに行けな
    い時があったんだ」
    「……」

    「…そんで、兄貴に一緒にトイレへ行ってもらおうと、彼を起こした」
    「……」

    「そんな弟に、兄貴はなんて言ったと思う?」
    「さぁ?」

     そこで梓は優しげに目を細めた。妹を思う姉の眼差しだった。

    『馬鹿だな、ウチに出てくるオバケだったら、お父さんとお母さんじゃないか』
    「あ…」

     初音は、心の中にあった恐怖心が、嘘のように消えていくのを感じた。

    「そっか…そうだよね…。ウチに出てくるオバケだったら、お父さんとお母さ
    んと叔父ちゃんなのに…。はは…私ったら、なに怖がってんだろ…」

     そう言って、おかしそうに笑う初音。

    「もう一人で行けるな?」
    「うん! お姉ちゃん、ありがと。あとゴメンね、起こしちゃって」
    「いいって。ホラ、もう我慢できねぇんだろ? さっさと行きな」
    「うん!」

     初音は元気良く手を振ると、軽い足取りで廊下の向こうへ消えていった。
     残された梓は、大きな欠伸を一つしてからドアを閉めた。





     暗い廊下を、トイレへと向かう初音。
     その足取りからは、既に恐怖など微塵も感じられない。

     やがて彼女は角を曲がり、中庭へと繋がる廊下に出た。
     目指すトイレはこの先にある。
     ここら辺は外から入ってくる月明かりで、かなり明るい。

     初音は小走りでトイレへ向かった。恐怖心は消えていたが、生理現象を堪え
    るのはもうギリギリだったからだ。

     ふと、廊下を途中まで進んだ時、初音はある事に気付いた。

    「風が…止んでる?」

     先程まであれほど吹いていた強風が、まるで嘘のように止まっていた。
     それならば、代わりに虫達の合奏が聞こえても良さそうな筈なのだが、それ
    すらもない。
     全くの静寂がそこにあった。

     訝しげな物を感じ眉を寄せる初音に、何処からともなく生温い風が吹き掛か
    る。

    「っ!!」

     初音は身を固くした。消え去ったはずの恐怖心が、彼女の中で再び鎌首をも
    たげ始めた。

     オォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――。
     ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――。

     物悲しく、恨みがましい咆吼が聞こえた。
     耳の錯覚ではない。ましてや、風の音と聞き間違えた訳でもない。
     それは、確かに人の声だった。

     グビリと唾を飲み込む初音。

     やがて柏木家の中庭に、一つ、ボンヤリとした人影らしき物が浮かび上がる。

    「ヒッ!」

     思わず後ろへ飛び退く初音。
     彼女の背がそこにあった襖にぶつかり、襖が軋んだ音を立てた。
     その時、先程梓が言った言葉が初音の脳裏に浮かんだ。

    『馬鹿だな、ウチに出てくるオバケだったら、お父さんとお母さんじゃないか』

     ――そ、そうだよ! だから怖がる必要なんてないよ!

     初音は人影にぎこちなく微笑み掛け、恐る恐る問う。

    「お、お父さん? …だよね。それとも、お母さん? あ、叔父ちゃんかな?」

     しかし、人影は初音の問いに答える事はなかった。いや、それどころか、中
    庭には次々と同じ様な人影が現れ始めていた。

     オォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――。
     ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――。

     恨みの籠もった声を上げながら。

    「…おおお…恨めしや…憎らしや…リネット」
    「…我らを裏切ったリネット…こんな所に隠れていたのか…」
    「…この恨み…晴らさでおくべきか…」
    「…恨めしや…恨めしや…」
    「…憎らしや…憎らしや…」

     事ここに至り、初めて初音は理解した。
     幽霊は実在する事に。そして、今、中庭に現れているこの幽霊達は、自分の
    両親でもなければ叔父でもないと言う事が――。

    「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

     一目散にその場から逃げ去る初音。

     自分の部屋へ飛び込むと、素早く鍵を閉めてベッドの中へ潜り込む。

    「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!! もぉヤダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

     タオルケットを頭から被り、ベッドの中でガタガタと震える初音。

    「…恨めしや…恨めしや…」
    「…憎らしや…憎らしや…」

     耳を両手できつく塞いでも、あの幽霊達の怨嗟の声はいつまでも初音の中に
    木霊していた。





     夜が明けた――。

     その日は、朝から良く晴れていた。
     突き抜けるような青さが際だつ夏空を、鳥達が囀りながら羽ばたいていた。

    「だから、いたんだってば! オバケが!!」
    「はいはい、判りました判りました。うふふ…」
    「あ〜! 信じてない〜!」

     ここ柏木家の庭にある物干し台には、おねしょ地図の書かれた白い布団が干
    され、その側では苦笑を浮かべる千鶴に、必死になにかを説明している初音が
    いた。

    「オバケが怖くて、おトイレに行けなかったのよね」
    「違うの! いたの! 本当に! オバケが!!」
    「はいはい…うふふ…」

     そこへ、梓と楓がやって来た。

    「ブッ! あはははははっ! なんだよ初音〜、お前結局トイレ行けなかった
    のかよ〜」

     干されている布団を見るなり、腹を抱えて大笑いする梓。

    「あ、梓お姉ちゃん! 違うの、オバケが出たの!! 『恨めしや〜…憎らし
    や〜』って!!」

     一生懸命、自分の体験した怪奇現象を説明する初音の肩を、楓が「ポン」と
    叩く。

    「楓お姉ちゃん?」

     楓の表情は、明らかに憐憫そのものだった。
     高校生にもなってオバケが怖くてトイレに行けず、おねしょをしてしまった
    妹への。

    「本当なんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
引用返信/返信

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